前回は「人間は合理的な選択ができない」ことをカーネマン教授のプロスペクト理論の観点からお話ししました。投資においては、人間は最終的な資産価値ではなく損益で喜びや苦しみを感じてしまい、また利益から来る喜びよりも同額の損失から来る苦しみを大きく感じてしまいます。だから、損失回避の傾向が強くなり、損失が出ているときは損失を取り戻そうとリスクの高い無謀な行動に出てしまうのです。つまり、リスク選好は一定という理論通りには行かず、実際にはリスク選好は損益の状況によって大きく変わるため、人間はなかなか合理的な選択ができません。でも、人間のおかしな行動はこれだけではありません。今回は、選択が人間に与える影響についてお話ししたいと思います。

選択肢が多いことは良いことか?

 日常生活におけるラーメンや宅配ピザのトッピングなど、自分が好きなものであれば選択肢は多いに越したことはありません。では、当連載のテーマである老後の資産形成のように一般的に楽しくないものの場合はどうでしょうか。これから、その重要なツールである確定拠出年金の事例を用いて、選択肢の数が意思決定に与える影響についてお話しします。

 アメリカの確定拠出年金は、以前は希望者が加入する制度でしたが、当時、企業は従業員の選択の幅を広げるため、なるべく多くの運用商品をラインナップとして用意しました。普通に考えると、選択肢が多いほど多様な従業員のニーズに応えられるため、多くの従業員が関心を示し、確定拠出年金の加入率は高まるはずです。ところが、意外なことに、実際には運用商品の数が多いほど、加入率は低くなったのです。つまり、企業は従業員のために良かれと思って運用商品を充実させたのに、確定拠出年金の加入率が下がるという皮肉な結果になったのです。

 次に、もう少し身近な例で考えてみましょう。スーパーで多くの種類が置いてあるジャムのコーナーと、少ない種類しか置いてないコーナーがあるという状況を想像してください。コーナーを訪れた人の割合はたぶん皆さんの予想通り、種類の多いコーナーのほうが上でした。ところが、実際に購入した人の割合は種類が少ないコーナーのほうが上という、またしても意外な結果となったのです。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?