SNS、チャット、メール……現代は、史上だれも経験したことのない「言葉の洪水」に襲われている。あなたも毎日、ペーパーワークに何時間奪われているだろうか? そこで、ビジネスパーソンに「簡潔化」の作法を指南する本が誕生、世界でベストセラーとなっている。全米25万部を超えた他、世界16か国以上で刊行の話題作『Simple「簡潔さ」は最強の戦略である』より、内容の一部を特別公開します。
記事の大半が読まれていなかった
ジャーナリストは誰よりも簡潔さに逆らっている。有能さを署名入り記事とワード数で測る伝統は有名だ。多ければ多いほど立派とされる。
マイクとジムは何十万もの単語を駆使し、『ワシントン・ポスト』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』『タイム』などで大統領の動向を報告して名声を得た。大統領にインタビューし、大統領専用機に乗り、テレビでコメントしてきた。
▶上司から重要なテーマを与えられたときは、どんなに長くても書けると意気込んだものだ。立ち止まってこう自問することはなかった。そもそもこれを読む読者はいるのか? これを「読むべき」読者はいるのだろうか?
そしてインターネットが普及した。私たちは愕然とした。衝撃の警鐘だった。紙の新聞では知りえなかった、誰が何を読んでいるのかを示す真実のデータが提供されるようになったのだ。
データは人を謙虚にさせる。現実を突きつけられ、まるで裸にされた気分だった──記事の大部分がほとんど誰にも読まれていなかったのである。
私たちは新聞の穴を埋めていたが、その穴はブラックホールであり、私たちの時間とエネルギーを吸い込んでいるだけだった。
▶大半の読者が記事の見出ししか読まず、ほんの一握りの読者が最初の数パラグラフを読んでいるだけだった。記事をくまなく読むのは、記者の友人と家族だけという場合が多かった。プライドが傷つけられた? まさにそうだ。歌手として成功したと思った矢先に、誰も曲を聴いていないと知ったらどんな気分だろう?(中略)
ネットメディアでも同じだった
私たちはデジタルメディアのスタートアップを設立した。さらに多くの言葉を生産する新工場だ。ジムの妻が「ポリティコ」というぴったりな社名をつけた。そして、ウェブにケーブルテレビを結びつけ、そこに人々の政治への興味をかけあわせた。
▶あらゆる点から見て、ポリティコは大成功した。大統領候補の討論会を共催し、数百人の社員を雇い、人々が政治について読み、考えるあり方を変えた。ロイは世論調査とコンサルティングを行う世界的企業のギャラップにいたが、まだ小さかったスタートアップを本格的なメディアへと変えるため合流した。
ところがある重大な出来事をきっかけに、私たち3人は「簡潔さ」の真の信奉者に改宗し、自分たちで築いた会社を離れ、新会社「アクシオス」を立ち上げた。
▶マイクとジムはポリティコでオバマ大統領についてのコラムを連載し、ワシントンDCで人気を博した。2人はいわば「注目のジャーナリスト」となった。記事はケーブルテレビやソーシャルメディアを大いに賑わせた。なかには100万近くのPVを得た記事もあった。
▶3人とも鼻を高くし、大いに満足した──データによってその鼻をへし折られるまでは。
▶当時はウェブサイトで記事の次のページを読むには、ページの下の小さな数字をクリックする必要があった。それを分析してみると、約80パーセントの読者が最初のページで読むのをやめていることが判明した。記事のテーマは政治やメディアの世界で大いに議論されていたものだったのに、それが現実だった。
▶他社のメディアやフェイスブックなどさまざまなプラットフォームについても調査した。どこも状況は似たり寄ったりだった。ほとんどの記事について、一般読者も、政治家も、CEOも、ほぼ誰もが見出しと数パラグラフしか読んでいなかった。(中略)
「長い」から読まれない
教訓──自分の頭のなかの声ではなく、顧客とデータに耳を傾けよ。
私たちはポリティコを離れ、「簡潔さ」をモットーとし、2017年にアクシオスを立ち上げた。
▶画面を見ている時間と集中力の持続時間について、ツイッターと『ニューヨーク・タイムズ』、そして学術論文を調査した。そのとき、私たちはこう自問した。ジャーナリストや広告主ではなく、読者の望みに寄り添うメディア会社をつくるとしたら、どんなものになるだろう?
▶答えは明らかだった。ニュースや情報の質を高めるのはもちろんだが、できるだけ無駄(自動再生動画、ポップアップ広告、不必要な言葉)をそぎ落とし、効率を高めること。不要なノイズを取り除き、脳が情報を吸収するスタイルに従って記事を書かなければならない。さらに、それをスマートフォン向けに仕立てる必要がある。
▶私たちは読者に、何が新情報で「なぜそれが重要か?」を伝え、「さらに知る」自由を与えることにした。くわえて、読者がさらに知ろうとせず、冒頭しか読まない場合に備え、冒頭のリード文をかつてないほど力強く、価値あるものに磨き上げることにした。
私たちは読者の時間の浪費に歯止めをかけるべく、全力を注いだ。多すぎる言葉と注意散漫をもたらす多くの要因から、読者を解放しようと考えた。少ないほうがより多くを得られること、そして短さは浅さを意味しないことを読者に知ってもらおうと考えた。
かくして、スマート・シンプル(※著者が説く、シンプルでいて浅くならないコミュニケーション法)が誕生したのだった。
(本原稿は、『Simple 「簡潔さ」は最強の戦略である』からの抜粋です)