多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「部下を育てる」なんて思い上がり!…部下の「自己成長」のスイッチを押す“唯一の方法”とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「傾聴」の4つのステップ

「本物の傾聴」ができるようになると、1on1などの機会を通して、わずか15~30分ほどの「対話」によって、部下との深い「人間関係」を築くとともに、彼らの「自己成長」のスイッチを押すことができるようになります。『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という本は、誰でも、そのようなコミュニケーションができるように、私が設計した独自の技法をまとめたものです。

 この「傾聴」のゴールは、相手の「感情」と「信念価値観」に共感すること。そして、そのプロセスを通して、相手が自らなんらかの「気づき」を得ることです。ただし、当たり前のことですが、いきなり「あなたは、こんな感情をもっていますか?」と尋ねたり、「あなたは、こんな信念価値観をもっていますか?」と尋ねたりしても、相手は「???」としか反応してくれません。

 そこで私は、下に掲げた4つのステップに沿って、「傾聴」を進めていくことをおすすめしています。そうすることによって、相手が自然と心を開いてくれるようになり、心のうちに秘めていた「感情」や「信念価値観」が表出されるようになる可能性が高くなる。そして、そのような心理状態に入ることができたとき、相手は自ら「成長」の歯車を回し始めるのです。

「部下を育てる」なんて思い上がり!…部下の「自己成長」のスイッチを押す“唯一の方法”とは?

 ここで、ざっと四つのステップのポイントを説明しておきましょう。

【STEP①】「壁」になる
 ここでは、まず、聴き手がリラックスすることが大切です。
 そして、気負うことなく、「素のまま」の自分でいることによって、相手も「素のまま」でいられるようにします。“いい上司”“いい人”を演じようとすると、相手も“いい部下”“いい人”を演じるために「仮面」をかぶります。それでは、本音ベースのコミュニケーションなどできるはずがないのです。

 そのうえで、話し手に「話したい」「誰かに聴いてほしい」と思う話題を選んでもらいます。そこから「傾聴」はスタートするのですが、1on1における話題設定で「どんなことでも自由に話してください」と言っても、部下が何も話してくれないことってよくありますよね?

 そんなときは、「例えば、取引先との間での悩みや逆にうまくいったこと」「例えばマラソンで完走しました! という話」「例えば、ご両親が認知症で施設に入ってしまい気がかりだという家族の話」というふうに具体的に例示するといいでしょう。すると、「あ! そういえば!」などと話し手の頭の中に「話題」が浮かぶものです。

 そして、話題が決まったら、最初の5分程度は「壁打ち」の壁になります。
 傾聴というと「質問をする」というイメージがありますが、ここではあまり「質問」をせず、「それで?」「うんうん」などと相槌を打つことで、なるべく相手に自由に話してもらうように促すのです。

 例えば、部下との1on1で、部下が、育成中の後輩について、
「彼がなんていうか、やる気が感じられないっていうか、打っても響かない感じで……」
 と言ったのを受けて、上司が、「なぜ、やる気が感じられないのでしょうか?」といった質問をすると、部下は、その質問に回答する必要があるため、本当は話したいことを話せなくなってしまうかもしれません。

 そうではなく、うんうんと頷きながら、「響かない感じ……なんですね……」と受け止めるにとどめると、「ええ、私なりにいろいろ働きかけてるんですが、どうも反応が薄くて……」と顔をしかめるかもしれません。

 このような感じで、こちらが主体的に質問をするのではなく、相手の話を促す「壁」になることで、相手が話したいことをどんどん引き出していくわけです。

 そして、話し手が進める話の中で「感情の尻尾」を探します。
 例えば、先ほどの部下は「どうも反応が薄くて……」と顔をしかめましたが、それはまさに「感情の尻尾」を見つけた瞬間。その表情の裏側には、さまざまな感情が渦巻いていることが読み取れるわけです。

 このように、「感情の尻尾」とは、相手が語った「できごと」や「思考」を表現する言葉や、仕草、表情の中に存在する、「感情につながりそうな表現」のことです。
 現代のビジネスパーソンは、あまり「感情」を直接的に表現するのが得意ではありませんから、この「感情の尻尾」をつかむことで、相手がうちに秘めている「感情」を見つけるスキルが重要になるのです。

 そして、相手の感情が見えてきたら、相手にとって最も(The Most)感情が動いた「エピソード」を尋ねます。
 たとえば、部下が顔をしかめたのを受けて、「そっか……いろいろ働きかけてるのに、反応が薄いと……もどかしいよね?」などと投げかけて、「ええ、そうなんです」という回答があれば、「あなたが、その後輩との間で、最も強くもどかしく感じたエピソードがあったら教えてもらえませんか?」と“The Most”を尋ねることで、いよいよ本格的な「傾聴」へと移っていくのです。

【STEP②】「エピソード」を聴く
 ここでは、相手が話すエピソードについて、「いつ、どこで、誰が、何を言ったか?」をしっかりと聴いていきます。
「それって、先週の初め頃? それとも週末?」「午前中? 午後? 夕方?」などと、詳細を確認していきます。

 というのは、人間というものは、映像として想起できるような3秒~3分くらいのエピソードに対して、強く感情が揺さぶられるからです。それは、私たちが、映画やドラマで感動することを思い浮かべれば、よくわかっていただけるかと思います。

 そして、相手が最も感情を揺さぶられた3秒~3分のエピソードを、まるで脳内のスクリーンに映し出されるようにします。

 例えば、プロジェクト会議が終わった後、後輩に「先輩がやっているプロジェクト・マネージャーの役割ってたいへんそうですが、やりがいもありそうですね」と笑顔で声をかけられ、「やる気を出してくれたのか!」と嬉しくなって、「プロジェクト・マネジメントに関するおすすめの本を、今度貸してあげるよ」とか、「プロジェクト・マネージャーになる社内試験を受けてみないか?」などと持ちかけると、途端に「いや、そういうのはちょっと……」とはぐらかされて、すっと目の前からいなくなったというエピソードを、まざまざと「追体験」できるようになります。いわば、相手と同じ映画を見ているようなもので、相手が感じたのと同じような「感情」を味わうことができるはずです。無理に「共感」しようとせずとも、そこには自然と「共感」が生まれるのです。

【STEP③】「感情」に共感する
 強く感情を揺さぶるエピソードを聞き出すことができたら、そこから相手が感じている「感情」を掘り下げていきます。
 ここでも、繊細なプロセスをたどる必要があります。なぜなら、一つのエピソードについて、最低でも5つの感情が存在すると言われているからです。ところが、最初は、それらいくつかの感情がごちゃ混ぜになった状態ですから、一つずつ丁寧に「言語化」「明確化」していく必要があるのです。

 先ほどの部下の場合も、部下の反応を薄くて「もどかしい」という感情の裏側には、「がっかり落胆」という感情があるかもしれませし、「がっかり落胆」するということは、その後輩に「期待」している証拠かもしれません。そして、その「期待」が裏切られたことが「悲しい」のかもしれません。このように、「もどかしい」という感情を掘り下げていくことができれば、そこには、相手にも自然と気づきが生まれます。

 たとえば、やる気を出してくれない後輩にもどかしさを覚えていたけれども、本当は、センスのいい後輩に「期待」していたことに気づくかもしれません。そのことに気づけば、自ら「そっか、彼を責めてもしょうがない。彼の能力を引き出せてない、自分のアプローチを変えなきゃ」などと対策を考え、実行に移してくれることが期待できます。

【STEP④】「信念価値観」に共感する
「感情」に共感することができるだけでも、相手との「関係性」は格段に深まりますが、さらにもう一歩進んで、相手の「信念価値観」にも共感することができれば、最も深いレベルでのコミュニケーションを実現したことになるでしょう。

 ここで重要なのは、「エピソード(できごと)×信念価値観=感情」という方程式を頭に入れておくことです。つまり、その人が特定の信念価値観をもっているからこそ、あるできごとに遭遇したときに、「悔しい」「がっかりした」「嬉しい」などといった感情が湧いてくるというメカニズムを理解しておくのです。

 言い方を換えれば、ここまでの「傾聴」において、「エピソード(できごと)」と「感情」は特定できているわけですから、そこから逆算することで、その人がもっている「信念価値観」を推論できるということです。

 先ほどの部下のケースで言えば、「プロジェクト・マネジメントに関するおすすめの本を、今度貸してあげるよ」「プロジェクト・マネージャーになる社内試験を受けてみないか?」と持ちかけた(エピソード)のに、はぐらかされて「がっかり」(感情)したことから、「あなたは、『常に成長を目指して研鑽を積むべき』という信念価値観をお持ちでしょうか?」と尋ねてみてもいいかもしれません。

 すると、「はい、もちろんです」と返事があるかもしれません。そうしたら、「すばらしいですね。だからこそ、あなたはここまでの実績を上げてきたんですね」などと受け入れます。すると、相手は自分という存在が認められたように感じ、フッと心の緊張が解けた瞬間に、「気づき」が生じることがあります。たとえば、「そうか……もしかしたら俺は、『常に成長を目指して研鑽を積むべき』という信念価値観を、後輩に押し付けていたのかな。だから、彼は一歩引いちゃうのかな?」などと気づいたりするのです。

 このとき、その部下のなかに「自己成長」の歯車が回り始めるのです。

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 このように、私は「傾聴」を4つのステップで進めるのがよいと考えています。

 ただし、「傾聴」というものは、相手によって、状況によって、予想もしない展開をするものですから、この4つのステップに形式的に固執する必要はありません。この基本形を念頭に置きながら、臨機応変にコミュニケーションを深めていけばいいでしょう。

 それに、必ず、「感情」や「信念価値観」に共感するところまで到達しなければならない、というわけではありません。相手にとって重要な「エピソード」を教えてもらえるだけでも、十分に「傾聴」と言えると思います。だから、あまり杓子定規にならず、置かれた状況に応じて自由にアレンジしてOKです。ぜひ、「傾聴」を楽しんでください!

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。