別の意識のない女性患者さんは、そばで息子さんが
「なんで病院に預けているのに具合がよくならないんだ!」
 と医療関係者に声を荒らげていたとき、それまでの穏やかな表情が一変して、急に脈や呼吸が乱れ不安定になることがありました。
 この患者さんも、意識はなくとも第六感で周囲の様子を感じていたのだと思います。
 この段階の患者さんに対しては、何かをしてあげるとかではなく、家族が穏やかにいつもどおりの気持ちでそばにいてあげるのが、本人にとっていちばんいいのではないでしょうか。

「死なないで! 頑張って!」
 今にも張り裂けそうなほどの緊張の中で患者さんを見守り続けている家族がいるときも、患者さんにその緊張が伝わっているように感じることがあります。
 場合によっては、さんざん頑張ったのだから、もう解放してあげては……などと思うこともあるのですが、患者さんは遺されるご家族を案じて頑張っているのだろうなと考えると、命の偉大さ、家族の絆の強さを感じることもあります。

 そんなとき患者さんは、家族がちょっと席を外した隙に、ようやくホッとしたかのようにして逝くこともあれば、「自分がいなくても家族のことはもう心配がいらないのだ」と確信できてから逝ったのだな、と感じるような患者さんもいました。

「死ぬときは第六感が鋭くなるのかもしれない」という話をしたら、友人がこんなことを教えてくれました。

「父が亡くなるちょっと前、病室に見舞いに行ったとき、ベッドは仕切りのカーテンをぴったり閉められていた状態だったんだよ。
 まだ俺の顔が見えていないはずなのに、『カズオか』って声をかけられたんだよね。
『なんでわかった?』って聞いたら、『足音でわかった』って言うんだ。
 先生や看護師さんたちと俺とじゃ、足音が違ったらしい。
 目が見えなくなって、意識も朦朧としているはずなのに、聴覚が鋭くなっていたのかもね」

 とても興味深い話です。
 五感が薄れてきて、新たに第六感が鋭くなるものかと思っていたのですが、聴覚が鋭くなって敏感に感じ取っている場合もあるのかもしれません。
 身体の機能が衰えて視覚、味覚、触覚、嗅覚が鈍っても、聴覚は最後まで残るともいわれていますから。

 そういえば、ある女性患者さんは、息子たちのこんな声を聞いて息を吹き返しました。