「何ができるか」ではなく
「何をすべきか」を考える

 50歳になった皆さんは、これまで多くの仕事を手掛けてこられたはずですが、その中で「これはどうしても自分がやらねばならない仕事」と思いながらやった仕事はどれくらいあるでしょうか?

 おそらくはそんなにはなかったと思います。ほとんどの仕事は上司から命令されたか、あるいは「予算を達成するためにはやるしかない」と観念してやった仕事だったのではないでしょうか?

 それでは、外から持ち込まれた仕事はどうだったでしょうか?

 それを受けて立つかどうかの判断に「これは世の中のためにどうしてもやるべき仕事だ(だから受けて立とう)」という観点が含まれていたでしょうか?そういうケースはおそらくはほんのわずかで、ほとんどは「自分たちでできる仕事かどうか」の判断が先に立ったのではないでしょうか?

 あなたがもし1つのグループを率いる立場だったとして、部下の1人から何か新しいことを提案された場合も同じでしょう。「やる必要があるかどうか(世の中がそれを求めているかどうか)」の判断よりも、「できそうかどうか」の判断が、当然先に来たはずです。

 世の中で今起こっていることは、概ねそういう判断の集積の結果なのです。それが世の中の流れを作っています。

 時折「本当は何が必要とされているか(まだ多くの人が気づいていない潜在需要)」を深く考える人がいて、その人が勇気を持ってその実現に挑戦すると、その人はしばしば大きな成功を収め、偉大な事業家だという世評を取り、その成功をベースにして更なる挑戦を行い、ついには大きな企業グループ(大企業の中でなら新しい事業本部)を育て上げることもあり得ますが、それは稀にしか起こらないことです。