休日に家族でモーニングを食べに行ったり、商談や友人との待ち合わせで利用したりと、長年かけて育まれてきた名古屋の「喫茶店文化」。時代と共に新たな魅力を加えながら、次の世代へと受け継がれている。マスターの急死で存続の危機が訪れた喫茶店「珈琲専門店 蘭」。隣で花屋を営む姉妹が「継ぎたい」と手を挙げるが、その顛末は……。(取材・文/フリーライター 杉山正博)
なくなるのはもったいない!
昭和の面影が残る空間を継ぐ
「珈琲専門店 蘭」の店内に入ると、2階までの開放的な吹き抜けが広がり、ぐるりとロフト席が取り囲んでいる。カウンターの奥には石壁があり、客席側にはエジプトの遺跡を思わせるような柄の壁紙。名古屋のオフィス街にあるとは思えない、遊び心がギュッと詰め込まれた異空間に心を奪われる。
1974年から続くこの喫茶店の隣に、名古屋の中心部・栄で5年にわたり花屋を営んでいた浅野美和子さんと、それを手伝っていた姉の永井博子さんが越してきたのは14年前のこと。
「オフィス街なのに、歴史ある料亭や蘭さんのようなレトロな喫茶店が残る街の雰囲気に引かれて、物件が空くのを狙っていたんです」と美和子さんは微笑む。
蘭のマスターは寡黙な人。そんなに話したことはなかったが、花屋が忙しいときはモーニングを隣まで届けてくれたり、愛犬を可愛がってくれたりした。そんなマスターが突然亡くなったのは、18年1月のこと。後を継ぐ人はいなかったが、「このまま続けてくれる人がいたら」という大家さんの意向を聞き、一番に手を挙げたのが妹の美和子さんだった。
「昭和の古き良き喫茶店の面影が残るこの空間が、街並みからなくなってしまうのがもったいなくて。後先考えずに手を挙げて、それから、一緒に喫茶店を経営しようと姉を誘いました(苦笑)」
妹の花屋を手伝いながら、自身も新たに飲食店をやりたいと近隣の物件を探していた博子さん。喫茶店は考えていなかったが、美和子さんからの誘いに「これはやるしかない」と共同で「蘭」を経営する決心をする。