名鉄にとって大井川鐵道は単なる天下り先というわけではなかった。過去、営業や土木で実績を上げた優秀な社員を何人も社長として送り込んできた。関越道ツアーバス事故が起こる少し前のある日、筆者は名鉄の山本亜土社長(当時)が静岡県の関連会社視察の途上、大井川鐵道に立ち寄る場に偶然居合わせたことがある。本社社屋のある新金谷駅入口前で伊藤社長らが待ち構えていたが、たまたまその日は駅で鉄道イベントが行われていた。すると山本社長は、イベントの邪魔をしないよう駅のはるか手前で車を停め、降りて歩いてやってきたのである。名鉄の子会社に対する姿勢を見た思いで、筆者はいたく感心した。

大井川鐵道乗客数の推移を「鉄道統計年報」からまとめた。通勤・通学定期客はもともと少ないが、減少を続け過疎化を示す。通学客は2014年の減便により落ち込みが見られる。ほぼSL列車の客である定期外客は2011年東日本大震災で急減しいったん回復を見せるが、バスツアーの壊滅で再び落ち込む。2017年には「トーマス」が寄与してV字回復を見せるが、コロナで急激に落ち込んでいる。2022年台風15号被害の影響が出ている時期の統計については未発表のため反映されていない(筆者作成)大井川鐵道乗客数の推移を「鉄道統計年報」からまとめた。通勤・通学定期客はもともと少ないが、減少を続け過疎化を示す。通学客は2014年の減便により落ち込みが見られる。ほぼSL列車の客である定期外客は2011年東日本大震災で急減しいったん回復を見せるが、バスツアーの壊滅で再び落ち込む。2017年には「トーマス」が寄与してV字回復を見せるが、コロナで急激に落ち込んでいる。2022年台風15号被害の影響が出ている時期の統計については未発表のため反映されていない(筆者作成) 拡大画像表示

 だが2014年、伊藤社長が自治体の支援や減便を求めていたそのとき、名鉄は既に大井川鐵道からの撤退を決めていたのである。(第2回に続く)