自然界というのは、一般社会にあるような分離・分断・分業が一切ない世界です。自然の力でできたものはすべて平等です。大きいから良い、小さいから悪いという短絡的な判断基準はなく、それぞれに役割があって無駄なものは何一つありません。これが、私の実感です。だからこそ、この世の中に役に立たないものはないと私は思っています。

 自然界に生きる人間の命もまた同じです。私たち人類は、あらゆるものが循環し、長い時間をかけて誕生した生物です。そのなかで何か一つでも欠けていたら、私たちは今ここにいなかったかもしれないのです。

 こうして自然の力を借りて作ったものには、商品としてだけでなく、もっと違う価値があることを実感したことがあります。

 農業を始めて少し経った頃、土を掘る機械の一部がポキッと折れてしまったことがありました。その田舎町でも購入したところに持ち込んで修理してもらうのが一般的で、ちょうど社宅にしている家の隣に鉄工所があったので相談してみました。

「代金はいくらですか?」
財布を持って尋ねた自分を恥じた

 最近隣に引っ越してきたことや、農業をやっていることを伝えてあいさつをすると、鉄工所の人は「ちょっと見せて」と言って仕事の手を止め、パパッと溶接をしてあっという間に直してくれました。

 驚いた私がいくらだったかと代金を尋ねると、鉄工所の人はお金なんかいらないとサラッと答えたのです。むしろ、いくらだったかと聞いてくるとはどういうことかを理解できないかのように、キョトンとされました。そのとき、私は初めて財布を持っていた自分を恥ずかしく思いました。