約1年で幕を閉じた菅義偉政権だが、携帯料金の値下げ、行政改革、不妊治療の保険適用など、「国民にとっての当たり前」を実現した菅政権の功績は大きい。文藝春秋元編集長が菅義偉の政治手法を振り返り、具体的な施策とその影響を評価する。本稿は、鈴木洋嗣『文藝春秋と政権構想』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
菅義偉が総理総裁を目指した
理由は安倍政治の継承のみ?
菅義偉は徹底的にプラグマティックな政治家である。
これまで歴代の総理大臣が掲げたようなスローガン、国民受けするようなキャッチを好むひとではない。政治をなりわい、職業とする仕事師であって、高邁な思想を語るひとでもない。冷戦終結から30年を経たからこそ、菅のようなタイプの総理が誕生したのではないか。「菅義偉『我が政権構想』」(「文藝春秋」2020年10月号・9月10日発売)を振り返ってみたい。
まず菅はなぜ総裁選に出馬するのか、その決意を語る。
「この国難への対応には一刻の猶予もなく、政治の空白は許されません。誰かが後を引き継がねばならない。果たして私がやるべきか――熟慮に熟慮を重ねました。それでもこの難局に立ち向かい、総理が進めてこられた取り組みを継承し、更なる前進を図るために、私の持てる力を尽くす(後略)」
そして、喫緊の課題は新型コロナウイルス感染症との闘いであることを明言する。
「感染防止と社会経済活動の再開を両立させなければ、国民生活が立ち行かなくなる」
いま聞くとすでに懐かしい響きになってしまったが、地域の観光業を支援するための「GoToキャンペーン」をさらに押し進めるという。
「私は秋田の寒村のいちご農家に育ち、子どもの頃から『出稼ぎのない世の中を作りたい』と思っていました」
菅は、最優先課題として「地方創生」を掲げた。総務大臣時代(第1次安倍政権)に立ち上げた「ふるさと納税」制度を自らの実績として挙げ、地域の活性化の目玉を「観光」と「農業」と位置付けた。
インバウンドで治安悪化を案じる警察に
「それがお前の仕事だろ」と言い放つ
菅は「観光」、すなわちインバウンドについては自信を持っている。外国人観光客の誘致拡大について説明する。
「当初は法務省と警察庁の官僚が『ビザ緩和で治安が悪化する』と大反対でしたが、本当にそうだったでしょうか。外国人観光客が増えること自体は良いことのはずです。そこで私は当時の法務大臣と国家公安委員長の2人にまず了解をもらい、観光庁を所管する国土交通大臣と外務大臣を加えた5人の閣僚で、10分足らずで観光ビザの緩和を決めました」
豪腕・官房長官の面目躍如である。実はここに菅独特の政治スタイルがある。かつて初めて閣僚となった総務大臣時代に菅はこう語っていた。
「(驚くことに)大臣っていうのは何でもできるんだよね。政務官や副大臣とはまったく違う。大臣が決めれば、(国の仕組みを)変えることができる」