菅は総務大臣に実際に就任して初めて、大臣の権限の大きさに気がついたという。「ビザ緩和」についていえば、関係する所管の大臣たちを集めていわば「関係閣僚会議」を主宰することを考えついた。その場で意見を集約して意思決定を行う。その結果を各大臣がそれぞれの役所に下ろすことで改革を押し進める。こうした変革のための閣僚たちによる意思決定スキームを、菅は発明した。

 反対する警察官僚に、菅は「治安が悪くなるというが、それを取り締まるのがお前たちの仕事だろ、と言って聞かせた」と話してくれたことがある。この関係閣僚会議方式を使って、警察官僚たちを封じ込めたわけだ。事実、外国人観光客は836万人(2012年)から3188万人(19年)へと飛躍的に増えた。

菅義偉の「改革」のターゲットに
なったらもう逃げられない

 菅の、政権構想というより政治課題の目標には、いつも具体的なターゲットがある。

 最も有名な施策となった携帯電話料金の値下げを例にとろう。ターゲットは大手通信会社3社だった。「国民のライフライン」となった携帯電話の料金は世界で最も高い水準であり、同時に契約体系も複雑。「0円プランが横行していた」時代である。大手通信会社の営業利益率が20%前後(大企業の平均利益率は約6%)であることを槍玉に挙げた。その後、菅政権において、大手3社の一角に楽天グループを参入させて楔を打った。さらに携帯料金を一気に4割近く下げ、契約体系も乗り換えを容易にする形に改めた。

 もうひとつのターゲットは、「行政の縦割り」である。これは治水ダムの問題であった。気候変動のせいで、台風が接近してくると大小問わず河川の水位が上がり堤防が決壊して大災害が繰り返される。そこで、ダムの事前放流などの水害対策を関係省庁に指示したところ、国交省の役人から報告があったという。

「全国に1470のダムがあるが、そのうち水害対策に活用されているのは国交省所管の570のダムだけ。残りの900は、経産省が所管する電力会社のダム、農水省が所管する農業用のダム等で、これら『利水ダム』は水害対策には利用されていない、と」

 そこで菅のツルの一声が飛んだ。

「台風シーズンに限って、国交省が全てのダムを一元的に運用する体制」に変えてしまった。これで、全国のダム容量のうち、水害対策に使える容量が46億立方メートルから91億立方メートルに倍増した。八ッ場ダムの50個分に相当するという。治水対策として絶大な効果があったという。