ユーザーは個人情報を握られ
プライバシーは丸裸になった

 中世の教会は、人びとが真実だと信じるものにたいして大きな影響力を行使していたかもしれないが、個人の行動や考えを監視する今日のようなツールは持っていなかった。そのようなプライバシーを丸裸にすることのできる新しいテクノロジーは、技術的な富を生み出す核となっている。個人データは、デジタル時代の原材料なのである。アリババの創業者ジャック・マーは「21世紀の電気」としての個人データの活用を考えている。

 アリババをはじめ、フェイスブック、グーグル、微信(WeChat)などの「スーパープラットフォーム」は、デジタル経済を舵取りしようとする人たちのゲートキーパー(門番)として主に機能しており、経済全体のかなりの部分へのアクセスを管理することができる。この立場は、ユーザーの個人情報を収集するうえで大きな力となりうる。

 グーグルやフェイスブックなどのゲートキーパーがこうして情報収集を行っているとき、「私たちの行動は製品に変換されている」という見方もある。そうしたかたちで集められた個人データは、いまやヨーロッパのGDPの最大20%を占めており、その重要性が高まるにつれ、私たちは農奴のような暮らしを送るようになる。

 ガスパール・ケーニヒというフランスのアナリストがそれを「デジタル封建制」と表現している。私たちの日常生活は、もはや私たちだけのものではなくなり、否応なく商品化されているのである。

 もちろん、これはすべての大手テック企業が当然の目標としているところであり、「VR(バーチャル・リアリティ)の父」とも呼ばれるジャロン・ラニアーが述べているように、すべては「不気味さを浸透させ、正しきパラノイアを喚起する」のに役立つ。