「女やもめ」に花が咲く

 施設での楽しいイベントと社交活動が、居住者の生活に明るさをもたらしている一方で、その中にはさまざまな人生模様もある。

 居住者たちへのインタビューを終えた後、施設スタッフの真田正利氏(仮名)にも話を聞いた。

 ここには特に独身の女性が多く入居しているが、昔は夫婦での入居が多かったそうだ。

 妻に先立たれた夫の中には、靴下の場所さえわからなくなってしまう男性もいるのだとか。

「奥さんが亡くなると、ご主人のほうも追ってすぐに亡くなるというケースも多いですね。気力がなくなるのかな」

 何となくわかるような気がした。

 妻を亡くしたショックから、ストレスや孤立感を抱え込み、生活習慣にも変化が起きることがある。そうした状況が死期を早めるという事情もあるのかも知れない。営業担当の山之内理沙氏(仮名)はこう言う。

「経験上、ご主人が先に亡くなると、元気になる女性というのも多いんですよ」

 明確な根拠があるわけではないが、これもわかる気がした。

 夫というストレス源が除去されたからなのか、あるいは新しい社会の役割を発見できるようになったからなのか。第二の人生の目標ができて、生き生きとし始めるのかも知れない。

恋愛は「人生の花」なのか

 そうなると、独身になった男女がこうした施設で新たに出会い、交際に発展するケースもあるのではないか。先述の徳川氏も、そんな話は聞いたことがあると証言していた。

 そこで真田氏に聞いてみると、やはり「なくはないです」と答え、こう話した。

「ここでも一時そんな話がありました。一緒になるかなと思ったらならなかったですが」

 山之内氏が続ける。

「たまに、やっぱりあります。一緒になるまではいなくても、お付き合いの段階で維持しているという方は過去にはいましたね。一緒の部屋に移動されるというのはないのですが、食堂も一緒に座って、お出かけも一緒にするという方はいましたよ」

 確かに人生の後期においても幸福を追求することは、人間の尊厳と生の質を高める重要な要素だ。

 天国の配偶者がどう思うかは別として、高齢者であっても恋愛感情を持つことは、きっと自然なことだろう。彼らの話を聞いて、そう思ったのだった。

(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)

甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。