価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。
ブランドの拡大を後押しした言葉
成長し続けるブランドや商品・サービスを生みだすためには、どうすればいいのでしょうか。
以前にも触れましたが、マザーハウスというバッグやジュエリー、そして、アパレルまで展開している企業があります。2006年に創業したこの企業は、「モノづくり」を通じて「途上国」の可能性を世界中に発信していくことを目指しています。
現在、代表取締役副社長の山崎大祐さんとは大学時代に同じゼミだったこともあり、2006年当初からお手伝いをさせていただいています。創業当時に、企業の中心となる言葉(ミッション)を一緒につくらせていただきました。その言葉が、ブランドが拡大していくコアにあったように思います。
その言葉(ミッション)は、
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」
というものです。
当時、社長の山口絵理子さんが抱いていたことは、フェアトレードなど発展途上国が自分たちで産品をつくり自立を促している仕組みがあるけれど、それは本当に彼らのためになっているだろうか、という疑問でした。
たとえば、フェアトレードの作物をつくって輸出をするということがあったときに、3年間は同じ価格で買い取るという「契約」を農家とする。それは、農家の人たちが中期的な安定収入の見通しを持ってライフプランを立てることができて自立に向かっていくことができる、という考えから導入されているものでした。
しかし、蓋を開けてみると、作物の品質は、1年目よりも2年目のほうが悪く、3年目はさらに品質が落ちていく。フェアトレードの3年契約が終わった4年目には、とても市場に出せるような品質ではなくなっている、ということが多々あるということなのです。それは、人間の甘えのようなものをベースにした問題でもあり、先進国と途上国という関係に起因する問題だとも言えます。
フェアトレードというラベルが貼られたコーヒー豆が、先進国では売られています。これらは、通常のコーヒー豆よりも100円や200円高くても購入されています。しかも、味は他の商品と比較して落ちるものであったとしても売れています。
これらを支えているのは、「善意」です。途上国の恵まれない人たちのために少しでも支えになれば、という思いで「普通の感覚」では選ばない消費行動が起こっています。
この善意に支えられた購買行動が、社会を本当によくしているのか、ということへの疑問がマザーハウスの中にはありました。
本当のフェアトレードとは
自立支援ということから行われているフェアトレードのフェアとは何か、本当のフェアというのは別のところにあるのではないか。そういうことを考える中で、「いいもの」「本当にほしいもの」でなければ買わない、というジャンルで勝負することが本当のフェアトレードなのでは、と考えたのです。
それが、ファッションというカテゴリーでした。
いくら理念への共感や、活動への賛同があったところで、身につけて恥ずかしかったり、ココロからいいと思えなかったら購入はしません。なぜなら、購入しても身につけなかったら、ゴミを生むだけになってしまうからです。
そのような意味で、ファッションで勝負することは「途上国と先進国の関係」としてもフェアなことのように思ったのです。
「賞味期限」を限りなく長くするための工夫
しかし、それは、茨の道でもありました。なぜなら、世界中のファッションブランドを当時いくつも書き出してみたときに、ひとつとして「途上国発」のブランドがなかったからです。
どのような言葉をブランドの軸に据えるのか、と考えると迷いがありました。社会的な思いがある企業や団体は、崇高ではあるけれど、独りよがりになりがちです。そこで、消費者にとってどんな便益があるのか、という言葉を書いたり、この企業の活動によってどんな社会が生まれるのか、ということも書いたりしました。
しかし、どの言葉もしっくりしませんでした。
そこで、初めて山口絵理子さんと会い、彼女から聞いた言葉に、私の心が動き、どうしてもこのブランドを成功させたいと思った根本を、ストレートに表現することにしました。
そして、大きなチャレンジとして「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ということを企業の目標に据えたのです。
これだけの強い思いがあり、しかも、未来への解像度も高いからこそ、マザーハウスは応援されて、仲間を集めることができました。
「自分には関係ない、という人も、そういう取り組みが世の中にあることに対して賛同するし、請われれば、その未来の実現のために手伝いたいという気持ちを起こす」ことが実現できたのだと思います。
この言葉をつくっていくときに、ひとつだけ、大事にしていたことがあります。それが、「賞味期限」を限りなく長くするためにはどうしたらいいか、ということです。
その考えを基につくったのが「問いが内包されている」ということです。ミッションと照らし合わせながら、その時々で「仮説」を持ち、実証できる原点をつくれることです。
途上国から世界に通用するブランドをつくる(マザーハウス)
「約束」であるゴールが現時点の問題から明確であること(世界中のファッションブランドを見て途上国発のブランドがひとつもない)。
「通用する」という言葉に「程度」が含まれていて、当初は、先進国発のものと比較しても遜色ないレベルに。現在は、途上国発ということを知らなくても、買いたくなるブランドになること。だからこそ、創業してから20年近く経ったいまも、企業のコアでありつづける言葉にすることができたのだと思っています。
(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター
1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。