9月27日に開票される自民党総裁選に注目が集まっていますが、その結果が住宅ローン金利に波及するかもしれません。新時代に対応した住宅ローン本『金利が上がっても、住宅ローンは「変動」で借りなさい』を上梓した、日本最大級の住宅ローン比較診断サービス「モゲチェック」(株式会社MFS)を運営する塩澤崇氏に、最近のトピックを踏まえた今後の住宅ローン金利の展望を聞きました。(取材・構成:小林義崇)

自民党総裁選Photo: Adobe Stock

利上げを容認する候補、否定する候補

――日銀は、今年7月の金融政策決定会合において0.25%に引き上げ、9月には金利を据え置くことを決定しました。自民党の総裁選の結果が間もなく出ますが、今後の金融政策や住宅ローンの金利に何か影響するのでしょうか?

塩澤崇(以下、塩澤):住宅ローン金利への影響という意味で、私は各候補の日銀の金融政策に対するスタンスに注目しています。とくに変動金利で住宅ローンを借りる人にとって、「利上げを容認するか」という点は重要です。

住宅ローンの変動金利は、各銀行が定める基準金利から借り手に応じて金利を一定程度引き下げる優遇幅で決まります。この基準金利は、日銀の金融政策の影響を受けます。日銀は政府の政策との整合性を取っていますので、新しい首相が利上げを容認するなら、住宅ローンの金利上昇につながるおそれがあります。

――誰が自民党総裁に選ばれると、住宅ローンの金利が上がると思われますか?

石破茂さんは、「徐々に金利のある世界を実現することが物価上昇の抑制や構造改革に資する」と話し、日銀の利上げを評価しています。利上げを許容する姿勢が見て取れますので、仮に石破さんが自民党総裁に選ばれた場合は住宅ローン金利への影響が出るかもしれません。

ただ、他の候補者も含めて全般的に言えることは今の岸田政権のスタンスと大きく変わらないと思います。利上げを急ぎすぎると、消費を冷やして株価に悪影響が出るため、そういった意思決定をしにくいからです。新NISAを開始した年に株価急落となると、批判の矛先が一気に新政権に向きかねません。新政権は株価対策を重視した運営になるものと考えています。

また、高市さんはアベノミクス継承者と考えられており、実際、自身のYouTube番組で、「金利をまだ上げてはいけない。企業が設備投資をしにくくなる。絶対に消費マインドを下げてはいけない」や「金利を今、上げるのはあほやと思う」と低金利政策を強く意識した発言をおっしゃっていますね。

解雇規制が緩和されるとどうなる?

――今回の総裁選では解雇規制の見直しについても議論されており、河野太郎氏や小泉進次郎氏は自身の目玉政策のひとつとして打ち出しています。

塩澤:これはとてもデリケートな話です。解雇規制の緩和は、好景気の時しかできないことですよね。不景気になれば失業が増えるので、解雇規制などと言っていられませんから。日本はようやくデフレを脱却してインフレに向かっているので、解雇規制の緩和が議論に上ることは理解できます。

もし今後、解雇規制が緩和されると、人によっては賃金が上昇することが予想されます。これまで日本の民間企業では解雇が難しかったがゆえに保守的に賃金が設計されていました。でも解雇規制が緩和されるなら、より高い賃金で人を採用する動きが増えてくるでしょう。採用した後に会社の業績が悪化しても解雇できるので、企業はリスクを取りやすくなるからです。

そういった意味で、もし今後解雇規制が緩和された場合、賃金上昇と物価上昇のサイクルが回りやすくなるので、日銀は利上げを加速させる方向に進むと考えられます。

また、不景気時は解雇によって失業率が高まることも考えられます。ゆえにローン延滞率が高くなることも予想され、それを見据えてローンの貸出金利を高く設定する銀行が出るかも知れません。

――では、解雇規制の緩和が、住宅ローンの変動金利の上昇につながると?

もし賃金上昇と物価上昇のサイクルがガンガン続くのであれば、日本も米国に近い状況になり、変動金利で借りるリスクは高まります。

とはいえ、私は日本経済の先行きを考えると、引き続き固定金利よりも変動金利のメリットが勝る状況が続くと考えています。好景気は永遠に続くわけではなく、後に必ず不景気が来ます。不景気になると日銀は利下げをしますので、解雇規制の緩和によって一旦変動金利が上がるとしても、いずれ下がる方向に進むでしょう。そう考えると、借りすぎないなどの対策をしておけば、変動金利で住宅ローンを組むことを過度に心配する必要はないでしょう。

住宅ローン控除を元に戻せ

――万が一、日銀が積極的な利上げを行うとしたら、日本の住宅政策にも影響してくるのでしょうか?

塩澤:個人的に思うのは、実際に利上げを行うのであれば、住宅ローン減税の控除率を元に戻してほしいということです(笑)。住宅ローン減税は、住宅ローンの残高に応じて減税する制度ですが、2021年までは借入残高の1%分を減税するしくみでした。

ところが税制改正によって2022年から控除率が0.7%に下がっていて、これにともなって住宅ローン減税の減税効果が落ちています。たとえば新築で認定長期優良住宅を購入した場合、減税を受けられる13年間の減税効果を合計すると、2021年に入居した人は最大600万円だったのに対し、2022年に入居した人は最大455万円まで下がっています。

――なぜ控除率が下がったのでしょうか?

住宅ローンの、とくに変動金利が低くなったことが背景にあります。「実際の金利負担よりも減税額の方が大きいのはおかしいのでは」という議論が起き、いわゆる”逆ざや”と呼ばれる状態を改善しようとして、控除率が0.7%に下がったのです。

この理屈から言えば、今後利上げによって住宅ローン金利が上昇するなら、住宅ローン減税の控除率を引き上げるべきでしょう。今のところ総裁選の各候補から住宅ローン減税についてはっきりと言及されていませんが、石破さんは、「住宅ローンなどの金利上昇への緊急対策」を政策に盛り込んでいますので、その具体策として住宅ローン減税の控除率を戻すことは十分にあり得ると思います。

米国の利下げに日本の住宅ローンに影響

――日本とは反対に、米国では9月に0.5%という大幅な政策金利の引き下げを行いました。米国の動向は、日本の住宅ローンの金利にも影響をおよぼすのでしょうか?

塩澤:米国で利下げが行われると、グローバル全体で金利上昇圧力が弱まるため、日本の長期金利は下がりやすくなります。実際に徐々に日本の長期金利は下落していて、これにともなって住宅ローンの固定金利が徐々に下がっているところです。

その一方で、日銀の利上げによって日本の短期金利は上がり、住宅ローンの変動金利は0.15%上がっています。つまり、これまでよりも日本の住宅ローンの変動金利と固定金利の差がなくなってきているのです。

――それでは、これからは変動金利よりも固定金利のほうが良くなる?

いえ。固定金利と変動金利の金利差が多少埋まっているとはいえ、いまだその差は大きく、変動金利の多くが年0.3%〜0.5台程度であるのに対して、35年の固定金利は2%弱程度です。仮に3,500万円を借入期間35年で借りるとして、金利0.5%なら毎月の返済額は90,855円ですが、金利1.8%なら112,382円です。この負担の差は小さくありません。

今後を予想しても、米国の景気が減速している最中に日本経済が単独でガンガン成長することは考えにくく、「固定金利を借りておいた方が良かった」となるような事態は考えにくいです。

ここ数年は日本のメーカーが円安ですごく儲かっていて、それが賃金上昇に波及し、サービス価格も上がるという好循環が起きていました。ところが今は為替が逆に円高に進んでいますから、賃金上昇の勢いが削がれてしまうわけです。そうすると日銀は利上げを行いにくくなります。こうした理由からも、積極的に固定金利を選ぶべき状況ではありません。

トランプ当選なら米国は利下げへ、ハリスは未知数

――11月には米国で大統領選が行われますが、こちらも住宅ローンの金利に影響しますか?

さきほど申し上げたとおり、米国の金利の変動は日本の長期金利に影響し、固定金利に波及します。

かつてのトランプ政権の時代を振り返ると、対中国というところで強硬な立場を取ったことで米中貿易摩擦が生まれ、米国経済がちょっと冷え込んだんですよね。これを受けて、トランプさんは景気活性化のためにFRBに「金利下げろ」と圧力をかけていました。

また、彼は米国の株価を非常に気にしてきたので、ダウやS&P500を高く保ちたいわけです。そうなると利上げを行って株価を下げるリスクは負いたくないでしょうから、彼が大統領に返り咲いたなら、再び金利について下落圧力をかけると思います。それに、トランプさん自身が不動産関連の銘柄を多く保有していますから、不動産価格を高く保つためにも、高金利政策を積極的に取る理由はないと見ています。

その一方でハリスさんについては明確な金融政策のスタンスが見えていません。いずれにしても、米国の金融政策は日本の経済に影響し、住宅ローン金利に波及しますから、今後の動向を注視しておきたいですね。