運動習慣、社交性、学習歴が大事!

 では、このような脳の老化の進行に個人差をもたらしているものは何でしょうか? 冒頭で少し述べた、べチュラ研究からひも解いてみましょう。

 この研究は、スウェーデン北部のウメオ市に住む成人1000人を無作為に選び、1988年から追跡調査したものです。35歳から80歳まで、年齢で10グループに分け、1グループ100人ずつのデータを集めることでスタートし、その後は5年ごとに新しい対象者を追加しながらデータを集めました。

 そうして15年間に2~3回行った検査で、脳の記憶能力を維持した人と低下した人に分けて、どの要因がそれぞれに関連するかを調べました。

 結果、性別や遺伝的な影響を除いたライフスタイルの要因として、「運動習慣」と「社交性」、「学習歴」の三つの要因が大きく影響していることが判明しました。※2

 この調査で2回以上検査対象になった1558人の参加者のうち、18%は記憶能力を維持し続け、68% は年齢相応の変化(やや衰える傾向)を、13%は記憶能力の明らかな低下を示していることが分かりました。

 また、記憶能力を維持している人は、身体的に活動的な人、誰かと同居している人、教育水準が高い人などである可能性が高いことも明らかになっています。

 実は、冒頭に紹介したAさん、Yさん夫婦、Kさんのように60歳以降にもかかわらず英語力を伸ばす人は、運動習慣、社交性、学習歴の三つの要因がピタリと当てはまる人ばかりでした。

 Aさんは、仕事の関係で中国語は継続的に学んでいました。また、学生時代はラグビーに打ち込み、今でもOB会でラグビーを楽しんでいる人でした。受講者のカウンセリングを行うスタッフ談では、Aさんはいつも笑顔で、朗らかな人柄がにじみ出ているそうです。

 1年後にインバウンドのボランティアガイドをしたいと告げられた時には、さすがにスタッフも焦ったそうですが(英語力は確かにゼロに近かったので)、それでも、学習歴と運動習慣、社交性を持ち合わせていたことが、英語上達の大きなアドバンテージになったはずです。65歳以降はきっと、世界遺産もある郷里で英語ガイドとして活躍されることでしょう。

 また、Yさん夫婦も、フランダンス好きが高じてハワイ移住を目指すようになったので、運動習慣や人との交流には事欠かないお二人です。Kさんは定年退職後、別の企業でアドバイザーをしていて、豊かな会話力をお持ちの人でした。

 数千人の受講生を抱えてきた筆者の経験からしても、英語学習に年齢は関係ありません。脳の老化防止に大切なのは、何歳になっても学ぶ姿勢を持ち、身体を動かして、働いたりボランティアに勤しんだりなど社会で人と交流することだと痛感しました。

(注1)The Seattle Longitudinal Study: Relationship Between Personality and Cognition
 K. Warner Schaie, Sherry L. Willis, and Grace I.L. Caskie, 2004)
(注2)Josefsson, de Luna, Pudas, Nilsson, & Nyberg, 2012)