経営が「社員の心の中」に
手を突っ込むことはできない

 ただし、すでに書いたように、「この仕事を成功させたい!」という思いが芽生えるかどうかは、最終的には本人次第。経営側が従業員の心の中に手を突っ込んで、そういう「思い」を無理やり植え付けることなど原理的に不可能です。

 では、経営者はどうすればいいのか?
 私にも確たることが言えるわけではありませんが、これまでさまざまな経験を重ねるなかで、経営者が絶対に押さえておくべきポイントが少なくとも二つあると考えています。

 ひとつは、経営者自身が「この仕事(事業)には価値がある!」と本気で思っていること。もうひとつが、従業員一人ひとりの「自主性」「自発性」を尊重するということ。この二つのポイントを押さえておくことが、従業員が仕事に対するモチベーションを上げる基本条件ではないかと思うのです。

新規事業のプロジェクト・チームの現実

 具体的に説明しましょう。
 私は若い頃から、「こんなプロジェクトを実現したい」と大小さまざまな新規事業を提案してきました。社内を駆けずり回ってなんとか「GOサイン」を取り付けると、さまざまな部署から人材を出してもらって、プロジェクト・チームを作ることになります。

 ただ、こういうときに、いわゆるエース級の人材がエントリーされることはまずありません。たいていの場合、性格がキツかったり、クセが強いといった理由で、その部署なかで”干されていた人物”が回されてくるわけです。

 もちろん、そういう人物のモチベーションは極めて低いのが現実。長年にわたって干されてきたうえに、”お払い箱”にされたと感じているはずですから、それも当然のことでしょう。

「やる気」を失っていた社員の
表情が変わる瞬間

 しかし、私は、彼らと一緒に仕事をするのが苦ではありませんでした。
 正直に白状すれば、なかには「ちょっとやりにくいな……」と思った人物もいたのは事実ですが、「この部下は気に入らないから、取り換えてほしい」と言っても、組織に聞き入れてもらえるわけではありません。

 それよりも、与えられたメンバーでプロジェクトを成功させるのが、私に課せられた仕事ですから、「好き嫌い」という感情は放っておいて、すべての部下に最大限の力を発揮してもらうのが正解。だから、私は、部下との相性には頓着せず、彼らに力を発揮してもらうことに集中しました。

 と言っても、たいしたことをやったわけではありません。
 たとえば、タイ・ブリヂストンのCEO(本社の職位としては部長級)だったときに、本社の反対を押し切る形で、第二工場の建設を進めたときのお話しをしましょう。

 あのとき、本社から、工場建設の経験が豊富な複数の人物が送り込まれてきたのですが、中には性格がキツいといった理由で本社では干されていたような人もいました。その人は、ついにタイに放り出されたと感じたのか、当初はふてくされたような態度すら見せていました。

 しかし、僕が、「世界のモデルとなるような工場をつくりたいんだ」「機能的かつデザイン性にも富んだ、みんなの誇りになるようなすごい工場をつくろうじゃないか」「自動車メーカーなどの取引先が、びっくりするくらいの工場にしたいね」「そんな立派な工場が作れたら、きっとビジネスも大きくなるよ」などと語りかけると、彼の表情は明らかに変わりました。

 僕自身、本社のさまざまな部門からさんざん叩かれて、やっと取締役会の承認を取り付けたプロジェクトでしたから、非常に強い思いがありました。その気持ちを率直に伝えることで、何か彼の気持ちにも訴えるものがあったのではないかと思います。

こだわりの「裏」にあるもの

 しかも、彼の話にじっくりと耳を傾けると、工場建設に関する知識と経験が半端ではなく深いことがよくわかりました。
 彼なりのこだわりが強く、そのこだわりを強く主張するがゆえに、敵を増やしてしまったようでしたが、そのこだわりの裏には、極めて説得力のある「深い理由」があることもよくわかりました。

 そこで、私は、彼の力を信じて、建屋の建設については基本的にすべてを任せることにしました。もちろん、何かを決定するときには、必ず事前に報告・相談してもらうことにしましたが、予算や工期などの制約に引っかからない限りは、彼の提案を極力尊重するようにしたのです。

 最初は、彼も疑心暗鬼でした。
 私が「全部、任せますね」と言うと、「え?(嘘でしょ?)」とあっけに取られたような表情を浮かべていました。それまでの部署で、彼は「小さな仕事」しか任されないうえに、マイクロマネジメントの対象になっており、彼がやろうとすることにはいちいち横槍が入って潰されてきたからだと思います。

重要な仕事を「任される」から、
モチベーションは上がる

 しかし、その後、私が本当に彼の判断を尊重し、彼の仕事をサポートする姿勢に徹することで、彼はどんどん変わっていきました。
 ふてくされたような態度は消え去り、イキイキとし始めたのです。工期との兼ね合いで激務を余儀なくされた時期もありましたが、彼は脇目も振らず全力を尽くしてくれました。

 あとで聞いたら、あまりにも重責を任されていたので、「絶対に失敗できない」というプレッシャーがすごかったようですが、「今思えば、それが楽しかったですね」とニッコリ笑っていました。

 これは彼だけではありません。
 タイの第二工場建設プロジェクトのメンバー全員が、モチベーション高く仕事に取り組んでくれたおかげで、素晴らしい工場が完成。提案段階ではさんざん私を叩きまくった本社の役員たちの多くが絶賛してくれたほか、自動車メーカーをはじめとする取引先からも高い評価をいただき、従業員の誇りともなりました。私にとって、とてもいい思い出となっているのです。

世界中どこでも通用する「原理原則」

 私は、このような経験をたくさんしてきました。
 そして、先ほどの彼のように、「自分は価値のある仕事をフルに任されている」という確信をもってくれれば、誰でも例外なく、ものすごく頑張ってくれて、確実に結果を出してくれるということを身をもって学んできました。

 これは、世界中どこでも通用する「原理原則」です。
 私は、タイ、中近東、ヨーロッパ、アメリカ、中国など世界中でプロジェクトを手掛けてきましたが、人種、民族、宗教にかかわりなく、あらゆる人が「自分は価値のある仕事をフルに任されている」と確信したときには、どんなにモチベーションが枯渇していた人物であったとしても、見違えるように頑張ってくれたのです。

 当然のことではないでしょうか?
 私たち人間は、「その仕事に価値がある」と思うからこそ、「その仕事を成功させたい!」という思いが芽生えるのです。

 だから、経営者が従業員のモチベーションを高めたいならば、なにはさておき、自分自身が心の底から「この仕事(事業)には価値がある」「この仕事(事業)をなんとしても成功させたい」と思っていなければならないし、その「思い」を従業員の心に届けなければなりません。

”火の粉”をかぶる覚悟が
経営者にあるか?

 それに、従業員のことを信用することができずに、彼らのやることに難癖をつけているようでは、モチベーションを上げてくれるわけがありません。

 人間というものは、「自主性」「自発性」を尊重されたときに、自分のやっている仕事に対する「誇り」や「責任」をもつのです。だから、経営者(リーダー)は、一人ひとりの能力・適性を見極めたうえで、それぞれにふさわしい仕事を思い切って任せたほうがいい。

 もちろん、彼らが困ったときにはサポートできるように見守ったり、万一失敗したときには全力でフォローしたり、自らが”火の粉”をかぶるのが大前提ですが、彼らのやることにいちいち手出し口出しをするのではなく、「従業員を信じて、仕事を任せる」という勇気をもたなければいけないと思うのです。

問われているのは「経営者のありよう」である

 つまり、ここで問われているのは「経営者のありよう」だということです。

 経営者自らが、「仕事」に本気で思いを込めているか? 
 本気で従業員を信じて、仕事を任せられているか? 
 いざというときに”火の粉”をかぶる覚悟はあるか? 

 経営者がこうした姿勢を堅持できているときに初めて、従業員の内面に「この仕事には値打ちがある!」「この仕事をなんとしても成功させたい!」という思いが芽生えるのだと思うのです。

 だから、私はこう考えています。
 従業員のモチベーションを高めようと思うならば、従業員に何かを働きかける前に、まず経営者自身が、「自らのありよう」をしっかりと見つめ直したほうがいい、と。

 このプロセスを踏まないまま、従業員の心の中に手を突っ込むようなことをしても、まずうまくいくことはないでしょう。いや、場合によっては、たいへん危機的な状況にすら陥りかねないと思います。

「臆病な目」で自分自身を振り返る

 想像してみてください。経営者が、黒字化のために経費削減ばかり押し付けるうえに、現場を事細かに管理していちいち難癖をつけていたら、誰だって嫌気がさすでしょうし、職場の生産性が上がるはずもないでしょう。

 そのような状況のなか、業績が上がらないことに業を煮やした経営者が、従業員のモチベーションを上げることを目的に、「競争原理」や「インセンティブ・システム」を導入したら、何が起きるでしょうか? 言うまでもなく、従業員は白けるばかりで、殺伐とした雰囲気すら生まれかねないでしょう。

 まさに悪循環。実に恐ろしいことだと思います。このような過ちを犯す最大の要因は、従業員のモチベーション低下を「従業員の問題」と決めつけていることにあると私は思います。だからこそ、「競争原理」や「インセンティブ・システム」などで、従業員の意識や行動を変えようと試みるのです。

 しかし、そもそも経営者のスタンスが間違っていれば、そうしたすべての試みは「逆効果」に終わる運命にあります。
 だから、従業員のモチベーションを上げたいと願うのならば、従業員に何かを押し付ける前に、経営者自身が、「自分は仕事(事業)に本当に思いを込められているか?」「自分は従業員を信じているだろうか?」と臆病な目で見つめ直したほうがいい。それこそが、従業員のモチベーションを上げるために、絶対に欠かせない第一歩だと思うのです。

 つまり、三流リーダーは部下同士を「競わせ」、二流は「やる気」にさせようと働きかけ、一流は「リーダーとしてのありよう」を内省すると私は考えているのです。

(この記事は、『臆病な経営者こそ「最強」である。』の一部を抜粋・編集したものです)

【お詫びと訂正】
本記事初出時、2ページ目の小見出しに「従業員のモチベーションを高めようとして、危機的なじょうき『臆病な目』で自分自身を振り返る」とありましたが、「問われているのは『経営者のありよう』である」の間違いでした。お詫びして訂正します。(2024年10月9日13:00 書籍オンライン編集部)