思い返してみると、彼女はあまり常識的なことを知らず、言葉の言い間違えなども多かった。場の雰囲気でときおり冷やかしたりしたこともあった。
あるとき、風間さんが「当たってくじけろですね」と言ったことがあり、「当たって砕けろ、ね。当たってくじけちゃったらダメでしょ」と笑った。そのときは彼女も一緒に笑っていた。そんなことが思い起こされ、うかつに人を傷つけていたのではないかという思いにとらわれた。
翌朝、朝礼が終わったあとで風間さんのところに行き、水上さんから話を聞いたことを伝えた。
「悪気があったわけじゃないんだ。もし不愉快な気持ちにさせたのだとしたら、すみません」と謝った。
「いえ、そんなことは……」風間さんは口ごもり、なんだかきまりが悪そうだった。
オープンキャストとして、同じシフトに入ることも多く、それからもたびたび顔を合わせたが、このことがあってからお互いになんとなくしこりのようなものが残った。私もそうだったが、風間さんのほうも過剰に気をつかっているような感じで、以前のようにフランクに話せなくなってしまった。
SVがこうした人間関係について親身な関与や気づかいなどをしてくれたことは同僚からも聞いたことはない。このときもSVの水上さんからはそれっきり、具体的にどうしてくれという指示もフォローもなかった。
風間さんはそれからしばらくカストーディアルキャストを続けていた。仕事には一生懸命取り組んでいた。
かけもちでバイトをしていたカフェでの仕事にやりがいを感じて、キャストを辞めることになった、と人づてに聞かされた。
以前よく話していたとき、体力的にたいへんそうに見えたこともあり、「風間さんはカフェの仕事が合っていると思うし、それに絞って頑張ってみたら」と話したことを思い出した。私の提案が彼女の背中を押すことになったのだろうか。
風間さんの勤務最終日が来た。私はギクシャクしたまま別れてしまうわけにはいかないと思っていたが、なんと声をかけようか迷っていた。
ストレージにいたとき、風間さんのほうから駆け寄ってきた。「笠原さん、今までたいへんお世話になりました。報告が遅れてしまいましたが、これからはカフェの仕事のほうを頑張ろうと思います」以前よく話していたときの笑顔だった。
「良い選択だよ。風間さんならきっとうまくやれる。頑張って」余計な気づかいもなく自然にそう言えた。一気に元の関係に戻れた気がした。