生き延びるための「大博打」

大竹 「損失回避」という人間の性質も、人間を生物として捉えると、きわめて「合理的な」生存戦略です。

「損失回避」というのは、人間は、手に入れる「利得」よりも、目の前にあるものを奪われる「損失」を大きく捉えがちな性質のことです。たとえば、株取引やカジノなどで負けが込んでくると、多くの人がその時点で撤退して損を確定させるのではなく、ひょっとしたら元を取り戻せるかもしれないと、一か八かのギャンブルに出てしまいがちであることが知られています。「おかね道」の企画展でも、似たような実験を体験することができます。

 では、なぜ人間が損失を嫌うかというと、食べものが豊かではない状況では、目の前のちょっとした損失が、個体の生き死ににつながることがありえたからだと考えられます。

 その場合、種や集団に属するすべての個体が損失を受け入れる選択をしてしまうと、種や集団が全滅する危険性に晒されます。それは、種全体の生存戦略としてはきわめて「不合理」です。たとえ個体としての生存確率は低くとも、種として生き延びられる可能性が少しでもある選択肢に賭けるほうが、全体の生存戦略としては「合理的」です。

「お金」を使わない時代においては、「損失回避」も実に「合理的な」行動だったのではないでしょうか

「お金」が人間を「不合理に」変えた!?

――「お金」を手にしたことで、人間の行動はどう変わったのでしょうか?

大竹「お金」の特徴は、富を蓄積・保存することができるということです。そのため、目の前の利益を我慢して、将来の利益を得るというオプションが、「お金」によって可能になりました。「お金」によって、「現在の富」と「将来の富」を比較したり交換したりすることができるようになったわけです。

 ところが、「お金」との付き合いの歴史がまだ浅いために、多くの人が無自覚に、生物としての直感で「お金」と接してしまいがちです。それで、つい「不合理な」選択をしてしまっているのです。生物の生存戦略としては「合理的」だった行動が、「お金」を扱ううえでは「不合理」になってしまっている、ということが起こっているんです。

 ちなみに、そういうことを科学的に裏づけるために、脳と「お金」の関係を調べる「神経経済学」という分野で、いままさに研究が盛んに行われています。

 皮肉なことに、そうした研究が進展し、人間が「お金」に少しずつ慣れようとしているそばで、次々と「新しいお金」がつくられています。クレジットカードしかり、電子マネーしかり、リーマンショックを引き起こしたサブプライムローンのような複雑な金融商品しかりです。どんどん複雑になる「お金」にうまく対応できなくなっているのが現代社会なのかもしれません。