大阪ガスの株価を引き上げた
2つの原動力
大阪ガスのDOE目標のインパクトを探るために、東京ガスと大阪ガスのDOEの推移を見てみよう。以下の図は、両社における13年3月期から24年3月期までのDOEをまとめたものだ。
これによれば、23年3月期までの両社のDOEは緩やかな低下傾向にあるが、24年3月期の大阪ガスのDOEは増加し、先に述べたように約2.1%となった。配当総額を23年3月期の約250億円から24年3月期の約340億円へと大きく増加させたのがその要因だ。
東京ガスが、22年3月期に総還元性向(=〔配当総額+自社株買い〕÷当期純利益)の目安を6割から5割に、24年3月期に同5割から4割に引き下げた結果としてDOEを落としている動きとは対照的なものになっている。
大阪ガスが新中期経営計画で掲げたDOEの目標値は3%だったことを踏まえると、大阪ガスは、東京ガスと大阪ガスのDOEが逆転した24年3月期よりもさらに配当総額を5割近く増加させる計画だといえる。
コーポレート・ファイナンスにおいては、増配を行う企業ではフリー・キャッシュ・フロー(FCF)が今後増加するという見通しを経営者が持っているとする仮説(シグナリング仮説)や、増配には「余剰キャッシュを自社に溜め込むことで、経営者が株主価値の向上につながらない投資を行うのではないか」という株式市場からの懸念を払拭する効果があるとする仮説(FCF仮説)がある。こうした仮説を踏まえると、増配は株価を引き上げる原動力になり得る。
実際、大阪ガスが掲げた新たなDOEの目標値が株式市場にもたらしたインパクトは大きかった。先に述べた大阪ガスの中期経営計画の発表翌日(24年3月8日)の株価は大きく上昇し、終値は3446円となった。前日終値の3197円と比較すると、約7.8%の値上がりだ。24年3月8日終値時点での大阪ガスの時価総額は約1兆4090億円となり、東京ガスの時価総額である約1兆3990億円を上回った。
大阪ガスの時価総額が東京ガスの時価総額を上回ったのは2000年5月以来とされる(24年4月10日付日本経済新聞朝刊)が、その原動力の一つとなったのが、新たな株主還元指標DOEの導入だったといえるだろう。
また、両社の収益性の推移も見てみよう。以下の図は、両社における13年3月期から24年3月期までのROA(総資産スライド差損益控除後経常利益※率)の推移をまとめたものだ。
※スライド差損益控除後経常利益とは、スライド差損益(原料価格の変動を販売単価に反映するまでの一時的な増減益)を差し引いた経常利益を示している
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これによれば、長期的にROAが低下傾向を示している東京ガスに対し、大阪ガスでは13年3月期から16年3月期にかけてROAが低下した一方で、その後は上昇傾向にあることが読み取れる。こうした収益性の動向も、株価に影響を与えた可能性がある。
以上を踏まえれば、新たな株主還元方針と収益性の向上が、大阪ガスの時価総額を引き上げる原動力になっているといえそうだ。
その一方で、東京ガスが総還元性向の目安を引き下げている理由は何だろうか。
東京ガスでは、23年2月に公表した中期経営計画において、24年3月期から26年3月期の3カ年に想定している累積営業キャッシュ・フロー(CF)を1.1兆円としているのに対し、成長投資に6500億円(脱炭素関連投資2300億円を含む)、基盤投資に3500億円、合計で1兆円を投じる計画を発表している。脱炭素関連投資などに資金が必要であることから、株主還元に充てる資金の割合を減らしていると解釈することができるだろう。
冒頭で述べた通り、直近の時価総額については、再び東京ガスが大阪ガスを逆転している。その背景には、10月30日に行われた第2四半期決算説明会において新たな自己株式の取得といった株主還元の強化を打ち出したことと、有力アクティビストである米エリオット・インベストメントによる東京ガス株式の5%強の保有が11月19日に判明したことがある。株主還元の拡充などに対する期待が、株価を押し上げている状況だ。東京ガスが株式市場における評価をさらに高めていくためには、成長投資から今後の営業CFをどう生み出すかが重要になってきている。
新たな株主還元方針や収益性の向上が評価されてきた大阪ガスとしても、どのような成長戦略を描き、これからの営業CFを伸ばしていくことができるのかが、中長期的な時価総額向上に向けて必要な局面だ。
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