自動運転技術が進歩し、人間がなにもせずに目的地まで連れて行ってくれる自動車も登場する日も決して遠くない。しかし、「すべて機械におまかせ」ではイマイチ満足できないのが人間心理なのだという。それは一体なぜなのか。人間の感性を科学的手法で分析し、製品開発に活用する分野である「感性工学」を研究する、産業技術総合研究所の木村健太さんに話を聞いた。※本稿は、ブルーバックス探検隊、産業技術総合研究所『あっぱれ!日本の新発明 世界を変えるイノベーション』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
運転が楽しいのは
「主体感」があるから
クルマをつくって売っている以上、まず知りたいのは、乗り心地のよいクルマとは何か、人間はどんなときに運転が「楽しい」と感じるか、ということのようだ。
産業技術総合研究所の木村健太さんはこう話す。
「研究によって、運転が楽しいと感じるためにとくに大事なのは、心理学でいう『行為の主体感』だということがわかってきました。つまり、自分が主体的にこのクルマを操っているという感覚です。これがないと、運転していても楽しくないんですね。たとえば、アクセルやブレーキなどが自分の直感とダイレクトにつながって動かないと、その主体感が損なわれる。加速や減速のタイミングが、自分の感覚より早すぎても遅すぎても、自分が運転している感じがしないんです」
昔の、ハンドルをぐるぐる回して開閉したウインドウがそうだったように、アナログな機械には「自分で動かしている」という実感があった。しかし、コンピュータで制御されるデジタルな機械は、スイッチを入れれば勝手に動くので、そういう「手応え」がない。
それでも、スイッチを押すとピピッと音が鳴ったり、ライトが光ったりするなどの反応があると、なんとなく「主体感」を持つことができる。
「自分がそれを『コントロールできている』と感じることは、人間にとって本質的な『快』なんだと思います。いま、テクノロジーはその『手応え』も用意しようとしているわけですが、ユーザーがそれに気づいてしまうと、主体感が高まらないことも研究からわかっています。
だからこれからは、機械がすべてやっていると気づかれないように『さりげなくアシスト』することが、大事なテーマになってくると考えています。このことは自動車にかぎらず、バーチャル・リアリティの研究でも重視されています。その意味でも、これから工学の分野では心理学の出番が多くなると思いますよ」