押し売りはしない
というポリシー

 株主だけでなく、多様なステークホルダーとの対話が重視されている昨今、アニュアルレポートや統合報告書などコミュニケーションツールがあふれる中で、貴社のツールは極めてシンプルなのが特徴です。これは長らくコミュニケーションに携わってきた糸井さんのポリシーなのでしょうか。

 量りや物差しで正確に測り、それを懇切丁寧に説明したところで、うまくいっている例をほとんど見たことがありません。どういう方針の下、何がどのように動いているか、その要点をシンプルに伝えることのほうが大事だと考えています。会社の状況や施策を事細かく、逐一報告することにどこまで意味があるのでしょう。

 たとえば、アスリートが自身のトレーニングメニューや生体データをすべて詳細に公表する必要はないし、公表したところで金メダルが獲れる保証もない。ましてや形だけ取り繕ったもの、無理につくったものは、もっと意味がありません。もちろん会社の足下の状況を説明する最低限の数字はきちんと公表する必要があると思いますが、それ以上に会社の目指す方向を理解してもらうほうが大切だと考えています。

 ですから、ほぼ日のIRツールはあえてシンプルにしています。種々多様なIRツールに頼らなくとも、『ほぼ日刊イトイ新聞』というプラットフォームを通じて、僕自身としても、会社としても、365日メッセージを発信できるのですから。

 それは貴社がメディアでもあるからなせる業ですね。

 そうかもしれません。自分たちの考えを表現できるコンテンツ会社であることも、ステークホルダーとのコミュニケーションには有利かもしれませんね。

 ちなみに、ほぼ日はとことん「プレゼンしない会社」でもあります。B2B事業でもプレゼンしません。こんなに優れているから取引してほしいとは言わない。なぜなら、勇み足はあったとしても、ホラは吹きたくないからです。こちらから押し売りするのではなく、お客様の側で直感的によいものだとわかるモノやサービスを生み出したい。それが僕らの事業ポリシーであり、ステークホルダーとの関係性でもあります。

やさしく、つよく、
そして、おもしろく

 社是の「夢に手足を。」、行動指針の「やさしく、つよく、おもしろく。」について伺います。いずれも極めてシンプルで、いらないものを削ぎ落とした美しさがあります。これも糸井さんのこだわりでしょうか。

 なお、ユニークなクリエイティブ集団であるほぼ日が「おもしろく」を掲げるのは自然だと思いますが、なぜそれより前に「やさしく」「つよく」を置いているのでしょう。

 本当は社是も行動指針も「何もない」ほうがいいと思っています。そのうえで、意味を伝えすぎない言葉で行動指針をつくりました。

 ほぼ日では、人としても会社としても「生き方」にこだわっていますが、当然ながら人生というのはすべてが予定調和で進むことはなく、思いも寄らないことが起こるものです。山小屋暮らしの人がむしろ不確実性を楽しんでいるように、わからない、心配、でもおもしろい、それが人生です。決めすぎないこと、決まりに合わせて動かないことが、人間を活性化させます。ゆえに社是も、行動指針も、IRツールもシンプルにしています。

 ちなみに僕が「一言で言ったら何か」を考える時に参考にしているのが、『論語』です。弟子から「要するにどういうことか」と聞かれる孔子が、物の理(ことわり)をどのようにシンプルに答えるかが、読んでいてとてもおもしろく、見習いたいと思うことばかりです。昔の経営者がみんな『論語』を読んでいた理由がわかる気がします。

 社是や行動指針をシンプルにすることで、社員が自分で考える「余白」を残すという意味合いもありますか。

 もちろん自分なりの解釈をしてもらってもかまわないのですが、何か判断を迫られた時にうちの社員は不思議と同じ行動を取ります。むしろこのシンプルさが、同床異夢を生まないことにつながっているのかもしれません。

 以前からほぼ日には、僕らがやりたいコンテンツづくり・モノづくりの指針として、「クリエイティブの3つの輪」(動機、実行、集合)というものがありました。どの仕事、どの企画においても、各人、各チームが動機を基点にしながら、3つの輪を回す。「動機」「実行」「集合」の3つが水路でぐるぐると回っているイメージです。

「動機」は、やりたいことをきちんとやる。自分から始まって、人は何が嬉しいかまで深掘りします。「実行」は、それを具体的な形にする、現実化させるフェーズです。ここでは技術力やチーム力が発揮されます。「集合」は、アイデアやコンテンツを流通させ、顧客と一緒に楽しみます。

 この3つの輪に連動する形でつくったのが、行動指針の「やさしく、つよく、おもしろく。」です。「つよく」の部分が、3つの輪の実行に当たります。やりたいこと、つまり動機を形にする工場のようなものです。そして、形にしたものを市場に問いかけ、そこに顧客が集まってくるのが集合です。ところが、実行や集合は目に見えやすい半面、気づくと最初の動機を忘れてしまいがちです。その意味でも、動機を一番大事にしています。

 ただし、その動機が「おもしろく」に拘泥してしまうとおかしなことになります。おもしろくは商売の種になるという話は常にしているし、ユニークであることは差別化、差異化をするうえでも大事なのですが、冗談とハラスメントは紙一重であるように、「おもしろいからいいじゃないか」「おもしろければ何でもあり」は危ない。だからこそ、「おもしろく」の前に「やさしく」と「つよく」が必要で、「やさしく、つよく、おもしろく。」という順番が大事だと考えています。自分も人も納得できること(動機、やさしく)を、形にする(実行、つよく)。この順番でないと、「おもしろく」は機能しないのです。

「やさしく」には「正直さ」という意味も含まれますか。

 たしかにそうですね。ですが、正直すぎるのも要注意です。末期がんの人に唐突に余命を告げるような残酷な正直さもありますから、思いやりのない正直はよくありません。いくらおもしろくても、正直で誠実でも、そこに相手を思うやさしさがないと駄目です。だからほぼ日では、「やさしく」が第一です。自分にも、社員にも、お客様にも、やさしくありたい。