そこで国は、企業の負担を軽減するための対策を講じている。その一環として、「年収の壁・支援強化パッケージ」を導入し、一定の条件を満たす企業に対して、社会保険に加入させた従業員1人あたり年間20万円、最大3年間で50万円の補助を行う支援策を実施している。
「社会保険料の担い手を増やすために助成金をばらまいて、会社側の負担を減らそうとしていますが、その場しのぎでしかありません。支援策をつくったとしても、働き手は週20時間から19時間など、1時間程度働く時間を減らすなどの調整をして、結局は社会保険に加入しないようにするのではないかと推測しています」(北村さん)
そもそも、働き手が社会保険を構成する厚生年金保険とはどのくらい“お得”な制度なのか。
先ほどの居酒屋の男性従業員(月収30万円、シフト制)のケースで、厚生年金保険料を5年間納付すると納付額は164万7000円。これに対して、65歳から受け取れる年金額は年8万2500円。損益分岐点は約19年後の84歳になる。10年保険料を納付すると、納付額は329万4000円、65歳から受け取る年金額は16万5000円となるが、損益分岐点は同じく84歳だ。
年収100万円の人が社会保険に加入すると年間約15万円の手取りが減り、65歳以降受け取る年金額は月7000円程度にしかならない。現在の家計のために夫婦で必死に働いている人が、将来の7000円を欲しがるだろうか。
他にも新たに社会保険に加入する従業員が受け取れる「社会保険適用促進手当」がある。従業員の手取り収入の減少を防ぎ、社会保険の加入を促進するもので、最大2年間は社会保険料がかからない。
ただし、対象は標準報酬月額が10万4000円以下の人で、年収が約125万円を超える人は対象外。すでにパートやアルバイトで働き、社会保険料を支払ってきた人に対しても適用されない。
「同じ働き方をしているのに、もらえる人ともらえない人がいるというのは不公平極まりない制度です」(北村さん)
少子高齢化が加速し、国は必死に年金の担い手を増やそうとしている。しかし、いびつな制度設計のため、不公平が生じている。将来の老後資金を考える前に、私たちの今の生活が脅かされようとしている。
社会保険労務士、行政書士、ファイナンシャルプランナー。ブレイン社会保険労務士法人代表社員、総合事務所ブレイン理事長。「年金博士」の愛称で、テレビ出演100回超、著書累計100冊超、セミナー1000回超の実績を持つ社会保険労務士業界の第一人者。後進の育成にも力を注ぎ、社会保険労務士の受験指導から開業講座まで、育てた社労士は1万人を超える。