「お客さんのお客さんのお客さん」を
理解することが重要な時代

西口 今おっしゃった、長期的かつ瞬間的であるという点は非常に重要な指摘だと思います。それは言い換えると「本質的である」ということだと思います。じつは、そうした本質を理解し、伝えていくことがトップの重要な役割の1つだと言えるかも知れません。

 たとえば、こんな話があります。何か新しい事業を起こそうという時にアメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)のCEOであるジェフリー・イメルトが部下に聞く質問はたった1つ、「What is customer's challenge?」だけだというのです。

 ここで言う「challenge」は日本語の「課題・難題」という意味に近い。つまり、彼は「それ(事業)をすることは、お客様のどんな課題を解決することにつながるの?」と尋ねている訳です。これは、紺野さんがおっしゃる「目的を考えること」と非常に近い考え方だと思います。

紺野 じつは、日本の経営者の中にもそうした意識を持って動いていた方はたくさんいます。ソニーの井深大さん、ホンダの本田宗一郎さん、松下電器の松下幸之助さんなどは、みな、そういう視点を持った経営者だったと思いますね。

西口 そう考えますと、先ほど例に出しました大企業に勤めている30代前後の人達は、目的工学の実践者なのですね。彼らの勤めている企業は部品メーカーも含めてバラバラなのですが、個人として新興国の現場に入り込んで、現場体験を通して目的の発見をし、その解決をビジネスとして行うための行動をはじめています。

 長期的に持続可能な経営をしていくための手段である利益を確保したいと思えば、どんな企業にもイノベーションは必要不可欠です。そして、その際に欠かせないのが「Customer's Customer(お客さんのお客さん)」、さらにその先の「Customer's Customer's Customer」までを含めた流域全体のニーズを把握し、理解すること。最近、私はこれを「CCC」と呼んでいるのですが、このCCCへの理解なしには、目の前の顧客を満足させることなどできるはずがありません。

 しかし、若い彼らはそれを自然に始めています。それだけに、その力を企業が活用しないのは実にもったいない。

紺野 それは本当にその通りで、日本は部品メーカーが強いと言われていますが、歴史を遡って考えると、決して最初から強かった訳ではないのです。では、どうやって強くなったのかと言えば、プロセスは大きく2つありました。

 1つは、戦後、アメリカの製造業のやり方をリバース・エンジニアリングする機会をたまたま持てたということ。これにより、戦前は一体成型の「すり合わせ」しかなかった日本のモノ作りに、モジュラー型のモノ作りが取り入れられていったということが大きかった。

 もう1つは、ソニーなどの革新的なメーカーが自社ではすべてを生産しきれずに、中小の部品メーカーに依頼していろいろなモノを作らせた結果、国内の部品メーカーが育って行った、ということだと思います。

 したがって、部品メーカーが強かったから消費材メーカーが強くなったのではなくて、消費材メーカーが目的を持ってモノを作ろうとしたから、それにつられて部品メーカーも強くなっていったというのが正しい理解です。

 今、日本のモノ作りが危機的な状況にあるのは、この大元であるところの消費材メーカーが社会に貢献するための大目的を見失い、その結果として利益を生み出すビジネスモデルを生み出せていないということが大きな要因だと思いますね。

(後編は5月24日公開予定です。)


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紺野 登(Noboru Konno)
多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。
著書に『ビジネスのためのデザイン思考』(東洋経済新報社)、『知識デザイン企業』(日本経済新聞出版社)など、また野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)との共著に『知力経営』(日本経済新聞社、フィナンシャルタイムズ+ブーズアレンハミルトン グローバルビジネスブック、ベストビジネスブック大賞)、『知識創造の方法論』『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)、『知識経営のすすめ』(ちくま新書)、『美徳の経営』(NTT出版)がある。

目的工学研究所(Purpose Engineering Laboratory)
経営やビジネスにおける「目的」の再発見、「目的に基づく経営」(management on purpose)、「目的(群)の経営」(management of purposes)について、オープンに考えるバーチャルな非営利研究機関。
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