不動産バブル前夜、中国で大型プロジェクトを多数推進、撤退
そんな李嘉誠とその傘下企業の動きが、突如大きな注目を浴びたのは、2013年のことだった。
すでに中国全土で不動産開発ブームが巻き起こっていたそのさなかに、不動産開発業者「万科」の王石・董事長(当時)がSNSで、「聡明な李さんが中国の物件を売却し始めた。気をつけなさい」と警鐘を鳴らしたのである。当時は王氏のような業界関係者の一部からはバブルを警戒する声がときどき流れていたものの、大好況な市場で実際に措置を講じる者はほぼいなかった。
王石氏のSNSを受けて、長和グループは「ビジネス的観点からの通常の売買であり、他意はない。我々は中国への投資を止めるつもりはない」と説明。その一方で拠点を置いていた上海のビルを売却し、その他大都市で進めていた複数の大型開発プロジェクトの売却が大きく報じられた。
すると、2015年になって国家通信社「新華社」傘下のシンクタンクの機関誌が突然、「李嘉誠を逃がすな!」というタイトルの記事を掲載、そこで李氏と傘下企業を激しく批判した。記事には「中国において、不動産業者と権力はたいへん近しい関係にある。権力資源がなければ不動産ビジネスはやっていけない。つまるところ、不動産ビジネスで得た資産は完全な市場経済によるものだけではない。逃げようと思っても逃がすわけにはいかない」と鬼気迫る言葉が並び、これが大騒ぎを引き起こした。
しかし、矢面に立たされた李氏らは「売却には特に意図はない、ビジネス上の判断だ」と同じ回答を繰り返した(実は今回の港湾売却に関しても、同グループ関係者は同じ回答をしている)。だがその後、長和グループは中国各地の土地や大型プロジェクト建設計画の入札に呼ばれなくなり、かつて李氏の寄付によって建設された大学内などの建物に冠されていたその名前を外されるなど、中国当局による「李氏外し」が起きたことも伝えられた。
その後、勢いに乗った中国資本は海外に進出、大型物件を買いまくって世界を驚かせたが、2018年頃から政府の引き締め策もあり次第に不動産業界を中心にその勢いを失っていく。そして2020年には新型コロナウィルスの大感染という事態に突入、多くの不動産業者が資金繰りで破綻、破産に追い込まれた。前述の万科も、目利き経営者の王石氏が育て上げた後継者が最後まで奮闘したが、昨年末にとうとう国有企業に買収されている。
だが、李嘉誠傘下の長和グループはその時点までに大方の中国物件を売り切り、その影響を最小限に留めることができたのである。
長和グループは「中国企業」なのか
今はさすがに今年97歳になる李氏は引退しており、長男が後を継いでいるが、長和グループの収益のほとんどはすでに欧州、北米、そしてオーストラリアに集中しており、全体に占める中国と香港のビジネス収益は昨年末の時点でわずか12%となっている。そんな長和グループがトランプ氏に「中国企業」と呼ばれたことは、アジアのビジネス圏内にとって衝撃だった。
とはいえ香港は、かつて中国とは別の経済体とみなされて受けていた特例措置をバイデン前政権が取り消しており、今や米国の対中規制範囲に含まれている。トランプ政権による「挑発」をいかに脱するのか――まさにその動きに注目が集まっていたときに発表されたのが、冒頭の43港湾まるごと売却プランだった。