この基本に立ち返って自社の現状を調査してみると、驚くべき事実が次々と明らかになった。まず、経営層に伝えるための具体的な数字やデータを示す文書が整備されていなかった。また、一つのマーケティング施策を企画してから実施するまでに平均90日もかかり、その間に349もの作業ステップを踏んでいた。さらに、45もの別々のプロセスが互いに依存し合っていたにもかかわらず、それぞれを担当するチームは他のプロセスとの関連性を把握していなかった。そのため、あるチームが自分たちのプロセスを改善しようとすると、知らないうちに他のプロセスにも影響を及ぼしていた。

 クック氏が最も衝撃的だったのは、43種類の成果物や文書のうち、実に41種類が何らかの形で内容が重複していたという事実だ。

 つまり真の課題は、テクノロジー以前に、組織のあり方や業務プロセスにあったのだ。

マリオットが抱えていた課題は決して同社に限った話ではなく、会場からは共感の笑いとため息が漏れるマリオットが抱えていた課題は決して同社に限った話ではなく、会場からは共感の笑いとため息が漏れる Photo by AP通信

 問題点を見える化した効果は絶大だった。「経営層に新たな改革案を説明できた」とクック氏は語る。単に最新技術を導入するだけでなく、現状を厳しく分析し、組織とプロセスを根本から見直した。

「AIは長年の組織の問題を一気に解決する魔法の杖ではありません。しかし、本当の課題にきちんと向き合えば、AIは信じられないほど強力な増幅器になるのです」

多チャンネル・リアルタイム・パーソナライズ戦略で顧客体験を最大化

 経営層の全面支援を得たクック氏は、まず「MAPA(Marketing and Personalization Accelerator)」という戦略的イニシアチブを立ち上げた。「マリオットは頭字語が大好き」とクック氏が笑うが、MAPAの本質は顧客体験を中心に据えて同社のマーケティングを根本から再構築することにあった。

 MAPAでは顧客データの統合、コンテンツ制作プロセスの効率化、複数チャネルにまたがる顧客接点の管理に取り組んだ。Adobe製品の活用により、多チャンネル・リアルタイム・パーソナライズに対応できる基盤が整っていった。

 MAPAの特徴は「パイロット、スケール、BAU(Business As Usual:通常業務化)」という3段階のアプローチだ。「アジャイルで素早く実験し、成功し始めたら、より多くのユースケースを構築していく。十分な規模に達したら全社標準として展開する。こうして段階的に成熟度を高めていった」とクック氏は説明する。