なぜこうした状況に陥ってしまうのか。河本教授は大前提として、「データ・AIを活用してビジネスに貢献するプロセス」の整理が不足していることを指摘する。
河本教授は、「データ・AIを活用してビジネスに貢献するプロセス」を、(1)「問題の発見」、(2)「課題の設定」、(3)分析手法を活用した「解決策の検討」、(4)解決策の「試行と評価」(効果が不十分なら〈3〉「解決策の検討」を改めて行う)という流れで説明する(下図参照)。
このプロセスにおいて、(1)問題の発見と(2)課題の設定が適切でなければ、(3)(4)で用いるデータ分析手法を検討して実行しても、上記の例のように、ビジネスの課題解決にはまったく役に立たないということが起こってしまうのだ。
伴走型人材育成とコミュニティーの重要性
では、データ分析がビジネスの成果に結び付くようにするために、ビジネス担当者に対してどのような教育を行えばいいのか。
河本教授は、社内における「伴走型」の人材育成、さらには「コミュニティー」が重要だと言い切る。
多くの日本企業はこれまで、「データ分析を使える人材を増やす」ことに重きを置いてきた。しかし今、それだけでは成果が出ないことに気付き始めた企業は、「分析手法を使って問題を解決する経験を増やす」アプローチに方向転換しているのだという。そして、経験を増やすための手法として重要になるのが「伴走」だ。
経験豊富な社員が、未経験の社員に伴走して、データ分析やAIを活用した問題解決プロセスを一気通貫で指導する。この伴走によって、実務経験を効果的に積ませることができる。これが、河本教授が提案する伴走型の人材育成だ。河本教授によると「ベテランが“代走”してしまうのではなく、“伴走”する姿勢によって実践を通じて学ばせることが大事」なのだという。
「ビジネス担当者の意欲」の問題を解決する上で重要なのが、コミュニティーの存在だという。意欲のある社員を発掘できたとしても、データ分析やAI活用の業務を1人で担当し、「点」で働く限りは、企業内で孤立してしまう。そうなると、全社的なプロセスの課題解決にも至りにくい。コミュニティーが、意欲のある担当者の孤立を防いでくれる。
河本教授は「意欲を持つ人材が経験を積み、複数の仲間とコミュニティーをつくり互いの経験を共有しながら相互学習を促進すること」が大事だと語る。さらにコミュニティー内での成功事例の共有や、経営層も参加する成果発表会を開催することが、組織全体へのモチベーション向上と、データに基づく意思決定文化の醸成にもつながる。
一方、専門性の高いデータ分析が求められるデータサイエンティストは、どうやって育成すればいいのだろうか。
彼らは、高度な分析手法の習得に偏重し、ビジネスへの貢献という本来の目的を見失いがちだ。河本教授は「データサイエンティストであっても、いかに企業のビジネスに貢献したかで評価すべき」と述べる。データサイエンティストにも、ビジネス課題を深く理解し、現場と協働して解決策を導き出す能力が求められるのだ。
そして河本教授は、自身の大阪ガスにおけるビジネスアナリシスセンター所長時代の経験から、データサイエンティストにも課題発見から分析、現場への提案までを一気通貫で経験させることで、ビジネスに対する貢献意識を養うことができると考える。
「データサイエンティストは機械学習や統計解析などのさまざまな分析手法に精通し、それらをコーディングして実行する能力を持っている。ところが実際の問題を解決した経験がなければ、これらの道具を使う段階で理想と現実の隔たりに直面する。実務に導入するハードルの高さを事前に把握した上で、課題の所在を言語化して現場に伝えられる“ぶつかる能力”も必要。データサイエンティストを評価する際は、個人の能力の高さに加えて、企業の業績に貢献した成果も指標にすべきだ」(河本教授)