生成AI時代においてデジタル人材に求められるものとは

 ChatGPTをはじめとする生成AIの進化は目覚ましく、ビジネスの現場にも急速に導入されている。生成AIは、デジタル人材の在り方や求められる能力にも変化をもたらすのか。

 河本教授は、生成AIを「少し無責任だけれど、とても物知りな専門家」に例え、その利便性と同時に誤った分析結果や予測モデルが容易に生成されるリスクを指摘する。

 ビジネス担当者は、生成AIを活用すれば、分析手法に詳しくなくても、例えば「データAとデータBに差があるかどうか統計的に評価して」とChatGPTに問えば、統計解析の結果を得ることができる。また、「データA、B、Cを用いてデータDを予測するモデルを機械学習で作って」とChatGPTに問えば、予測モデルを得ることができる。すなわち、誰でも「容易」かつ「安易」に統計解析や機械学習を実行できる。このような時代においては、データとAIを正しく扱うための「リテラシーとマインド」がますます重要になる。ここで河本教授が言及する「リテラシー」とは、生成AIが提示する分析手法やその結果の妥当性を判断する能力。「マインド」とは、生成AIの提示する分析手法や結果を使うのであればそれに責任を持つ姿勢のことだ。

 データサイエンティストはどうか。さまざまな分析手法を提案し、コーディングまで実行してくれる生成AIは、データサイエンティストの仕事のやり方も大きく変える。

 このような変化の中で、データサイエンティストには、さまざまな分析手法に精通し、それらをコーディングして実行する能力よりも、むしろ、「何を解きたいか」を的確に言語化して問う質問力や「解き方」を聞き出す対話力、生成AIから得られる知識を自らの知識と合わせながら「何に留意しながらどう解くべきか」を考え抜く思考力が問われるのではないだろうか、と河本教授は語る。もちろん、そのベースとして、統計学や機械学習、プログラミングに関する知識は不可欠だという。

 一方、デジタル人材育成、ひいてはデータ・AI活用を会社全体に浸透させるためには、経営層の積極的な関与が不可欠だと河本教授は言う。経営層が、DXの全責任を「DX推進部」のような専任部署に押し付けていては、現場組織にとって他人事になってしまい思うように進まなくなる。そうではなく、DX推進の責任は現場組織にあり、DX推進部は“支援”部門であると位置付ける。その上で、DX推進部に現場組織を支援するために必要なリソースや権限を付与することができれば、有効な打開策にもなり得る。

 企業風土の改革も必要だと河本教授は言う。日本企業の中にはまだ「空気感」や「あうんの呼吸」で成立している業務が多くあり、意思決定にデータ分析を持ち込もうとすると、抵抗を招くこともある。河本教授は「経営層が率先して結果や決定について“Why(なぜ)”を問い、反対に現場から上がってきた“Why”に真摯に答える」ことがロジカルに考える風土を培い、それが、データに基づいた透明性の高い意思決定プロセスへの変革を生む土壌になってくると語る。

データ活用で意思決定プロセスを合理化することが「日本企業の勝ち筋」

 AIの進化は、企業にもその競争環境にも変化を促す。ビジネスで勝ち残っていく上で、あくまで人間中心の仕組みにこだわるか、AIを中心に据えた新しい仕組みを取り入れていくか。この二つの方向性のどちらを選ぶかが、企業にとっての「分水嶺」になると河本教授は語る。

 一般に、日本企業の経営は「部分最適」に陥りやすく、「全体最適」が苦手だ。旧来の人間中心の仕組みに固執すれば「部分最適」から脱却できず、AI中心の仕組みに変えて自動化を推し進め「全体最適」を実現する海外企業に、ビジネスで大きな差をつけられる。

デジタル人材育成を成功させる鍵は「伴走」。データ活用の第一人者、河本薫教授が語る、生成AI時代の日本企業の“勝ち筋”とは

 一方で、河本教授は日本企業の強みとして、「ビジネスパーソンの知的レベルのベースラインが高いこと」と「海外に比べて愛社精神が相対的に高いこと」を挙げる。これらの強みを意識すれば、データとAIを活用したビジネス改革による勝ち筋も見えてくる。

「一人一人の社員が、自らの思考力とデータやAIの力を融合して、意思決定プロセスを改革していく。そういった改革は、担当者視点からはじまるものの、会社を良くしたいという動機が強ければ、全社視点での改革に発展していく。それは、トップダウン型の全体最適ではなく、現場から経営までが有機的に結合した全体最適であり、それが日本企業の強みになるのではないか」(河本教授)

 そのための第一歩として、経営層は「Why」を問う姿勢を徹底し、ビジネスの意思決定プロセスをデータに基づいて合理的に進めるよう組織文化を変革する必要がある。また、ビジネス担当者は、「データは専門家の仕事」という考えを改め、自らがデータ分析を活用する覚悟を持つことが重要となる。

 河本教授は「データとAIを活用してビジネスの成果を上げるための日本企業ならではの勝ち筋が、間違いなく存在する」と確信を持って語る。その勝ち筋を本当に実行できるかどうかに、日本企業の浮沈が懸かっている。