ブコウスキー氏が語る
マリーナへの想いと英国民の関心
マリーナはブコウスキーについて、「いつも精神的に支えてくれている」と述べていた。
「どんな支援をしてきたのですか」
「サーシャは私の政治犯仲間だった。殺害されたことがショックでね。日に20回も電話をかけてくる者からの連絡が、ある日突然やむんだ。当時は面倒だと感じていたが、なくなると寂しい。サーシャがどれだけ悔しい思いをしながら亡くなったか。私はよく理解できる。だからマリーナのためなら、何でもしたいと思った。できることなんてたかが知れている。テレビ、ラジオ、新聞で英国政府に対し、真実を追求し、容疑者を罰するべきだと叫び続けた」
「彼女の行動をどう考えていますか」
「愛する夫を殺害されたんだ。正義を求めるのは当然だ」
ブコウスキーによると、多くの英国民が彼女の行動に関心を持っているという。
「私の暮らす町でも、タクシーの運転手や市場の人などが彼女の行動をたたえている。私がテレビで彼女を支持すると、『よく言ってくれた』と声をかけてくるからね。彼女への同情とロシアへの怒りがあるんだ。その彼女をサポートしない英国政府への不満もきっとある」
ロシア、英国両政府を相手に闘争を挑んでいるマリーナ。その勇気が市民の琴線に触れるのだろう。ブコウスキーは言う。
「事件の後だよ。彼女の勇敢さに気づいたのは」
「典型的なロシア女性の性格ですか」
「ロシア女性がみんな強い気持ちを持っているわけではない。彼女の強さは素朴さにある。政治やビジネスとは無関係に生きてきた。信念を曲げて妥協することに慣れていない。間違っているなら、それを正す。彼女は純粋にそう考えている。それが人の心を打ち、みんなが助けたいと思う。利得のための行動だったら、その分け前にあずかろうとする者しか支援しない。彼女はこの挑戦から何の利益も得ない。利益を度外視した行動ほど強いものはないよ」

小倉孝保 著
庭の木の葉の間から太陽の光が差し込んでいる。
「もう1杯、お茶を飲むかい?日本茶はないけどね」
そろそろ終わりにしようという合図だと思った。
ブコウスキーは言った。
「サーシャの写真を見せるよ」
家の中に入ってパソコンの電源を入れた。カーテンを閉め切った部屋は薄暗い。
リトビネンコと一緒に撮った写真を何枚も見せてもらい、私はこの家を後にした。