そこで、業務の属人性をできるかぎり排除し、新人でもすぐに仕事を回せるよう、具体的なノウハウや作業手順などの「知」をマニュアル化する動きが加速していきました。
現場での「OJT(On-the-Job Training)」を通じて、先輩の背中を見ながら徒弟的に学ばれていた属人的な知を、だれにでもアクセスできるかたちで蓄積することで、人材の育成や仕事の引き継ぎをスムーズにしよう――これがナレッジマネジメントの発想の原点でした。
マニュアル化が加速すると
働く人は「組織の歯車」になる
マイケル・ポランニーは『暗黙知の次元』のなかで知(Knowledge)を「形式知」と「暗黙知」の2つに分類しています。だれにでも理解できるように言語化・データ化された形式知に対して、暗黙知のほうは、言葉や図式で表現・整理されておらず、そのまま他人に伝達することができません。典型的なのは「自転車の乗り方」のように運動に関わる身体知ですが、セールス担当者が持っている営業トークの技術なども、かなりの部分が属人的な暗黙知にとどまっていると言えるでしょう。
どのような組織においても、ふつうに仕事をしているだけだと、現場は暗黙知だらけになっていきます。まったく同じ商品を扱っていても、セールス担当者によって商談の進め方はまちまちで、営業成績がいい人とよくない人の差がどこにあるのかはブラックボックス化されがちです。
このように、暗黙知による業務パフォーマンスの差が生じないよう、できるかぎり仕事を形式知化し、活用しやすいかたちにデータベース化するのが旧来のナレッジマネジメントの狙いでした。
旧来のナレッジマネジメントにある「仕事の属人性を解消しようとする発想」は、「働く人を“いつでも取り替え可能な道具”だとする考え方」と隣り合わせです。戦争を勝ち抜くためには、優秀な1人の兵士に頼っているわけにはいきません。重要なのは、供給されてくる兵士の質に関係なく、一定の戦力を維持できるような「仕組み」なのです。