厳しい叱責を受けた幹部の「その後」
柳井氏自身も、周囲への厳しい姿勢を否定していない。同書に収められたインタビューでは、一緒に働いた人物からの「すごく怒鳴られた」といった声について「その通りだと思いますよ」と語っている。
「なあなあではできない」「絶対に失敗は許されない」とも述べている。柳井氏にとって、経営とは戦いであり、結果を出せない者には容赦をしないという考え方がある。その後、叱責を受けた澤田氏はファーストリテイリングを退社する。
こうした姿勢は、確かに企業を強くする原動力になり得る。責任が明確になり、緊張感が生まれるからだ。一方で、恐怖による統治が常態化すれば、社員は創造性を発揮できなくなる。指示待ちの姿勢が染みつき、自発的な挑戦が減る。これは企業にとって、大きな損失につながる。
『ユニクロ帝国の光と影』における柳井氏の姿は、まさに光と影の両面を示している。圧倒的な業績を追い求めるリーダーの姿は、信念と紙一重で独善に陥る危険を孕んでいる。成果を出すことが正義であるという思想は、時に人間関係を崩壊させ、組織を摩耗させることもある。
とはいえ、業績を軽視する経営が成功するわけではない。数字を無視すれば、企業は市場から退出を迫られる。その現実を直視するならば、柳井の姿勢は一面で合理的でもある。
問題は、どこまで成果主義を貫くか、どこでブレーキを踏むか、その境界線の引き方にある。
ユニクロの業績が世界で評価されている理由は明確である。売上と利益に対して、異常なまでにこだわる創業者・柳井正の存在がある。柳井が掲げる業績重視の考え方は、多くの経営者にとって過激に映るかもしれない。
ただし、こういった姿勢が本当に企業の成長に有効なのか、きちんと検証されたことは少ない。
この問いに答える重要な研究がある。エマニュエル・オグボンナ氏(カーディフ大学)とロイド・ハリス氏(マンチェスター大学)が発表した『リーダーシップのスタイル、組織文化、業績――イギリス企業からの実証的証拠』(2000年)は、企業のリーダーの振る舞いと、組織文化、そして業績の関係について、統計に基づいて検証している 。
研究では、342社のデータを用いて、次の3点を重点的に調査した。リーダーの行動の型、企業の内部文化、そして売上や利益の成果である。3点がどのように関係しているかを明らかにするために、質問票と統計モデルを組み合わせて分析が行われた。
最大の発見は「リーダーのスタイルは、直接的に業績を押し上げるのではない」という点にある。企業の成果を決めるのは、リーダー自身ではなく、リーダーによって育てられた文化であるということだ。