
青山和夫、大城道則、角道亮介 著
神妙な顔つきで聞いていた私に向かって先生はさらに「ヒエログリフを日本一読めても、世界一読めてもそれで就職はまずできません。つまり、生活していくことはできないのです。あなたが誰よりもヒエログリフが読めるという自己満足で自分の人生を納得がいくものであると考えるならそれもよいでしょう。しかし、あなたは大学の教員になりたいというのが希望なのですから、そこをはき違えないようにして下さい。あなたがシャンポリオン(31歳でヒエログリフを解読したフランスの学者)のようにヒエログリフが読めて、たくさんの論文が書けるのなら問題ないのですが、現状で二兎を追うことは得策とは言えません」と忌憚(きたん)のない意見を述べてくれた。
私はいまだに加藤先生からのこのアドバイスが的確であったと思っている。私の性格と力量を天秤にかけてのアドバイスであったに違いない。なぜなら加藤一朗という研究者は日本における古代エジプト語の第一人者であったからだ。日本一ヒエログリフが読めた研究者であったのだ。いつも気持ち先行型の私を戒め、正しい道を示してくれたのであろう。あのとき二兎を追っていたら、どこかで道に迷っていたか、野垂れ死んでいた気がする。自分が師と仰いだ人物の言葉は素直に受け入れるべきだという教訓は、この先に待ち受けている多忙な研究生活のなかでたびたび思い出すものとなるのだ。