大統領による任命を助けるプラムブックとは?

 プラムブックとは、米大統領が任命する職をリスト化した資料である。正式名称を、Policy and Supporting Positionsという。24年11月12日にまとめられたプラムブックは、7000以上の職について、官職名、適用される給与表などのデータを掲載している(一部、立法府の職や、職業公務員対象の職を含む)。

 プラムブックの始まりは、アイゼンハワー大統領(共和党)の就任時(1953年)にさかのぼることができる。それまでの過去20年間が民主党政権であり、アイゼンハワー氏が大統領任命職を満たすのが大変だったことから、共和党の要請によりそれらの職がリスト化された。以降、4年に1度の大統領選の直後にまとめられるようになっている。なお、大統領任命の人事に関しては、首席大統領補佐官が担当する。また、ホワイトハウスには、人事部が存在する。手続きとして、連邦捜査局(FBI)、内国歳入庁、政府倫理庁などが候補者の履歴を調査し、また、候補者は資産情報の提出が求められる。国家安全保障関係の職についてはバックグラウンド調査(セキュリティークリアランス)が行われる。

ホワイトハウスや米軍のリーダー育成システム

 米国の公務員制度のうち、幹部公務員(PAS)は、基本的に外部から人材を登用する。また、上級管理職、一般職についてはメリット・システムを基本原則とし、各職位における成果と能力評価に基づいて昇進を決定している。このため、日本や英国のように、役所が幹部候補生として優秀な若者を採用する仕組みはない。新しい政権の重要ポストには、選挙対策事務局幹部、同じ政党で過去に政権を支えた者、シンクタンク(トランプ大統領2期目はアメリカ・ファースト政策研究所から15閣僚中5人)、大学などの外部組織から人材が集まる。ただし、米国の公務部門のリーダーを内部育成するための仕組みがいくつかある。

 その一つが、ホワイトハウス・フェローズ・プログラム(White House Fellows Program)である。1964年にジョンソン大統領により、超党派で設立された、将来のリーダーに連邦政府の最高レベルでの勤務経験を提供するプログラムである。合格者は、1年間の任期で、ホワイトハウス事務局や各省でインターンとして勤務する。例えば、筆者が米国の大学院に留学していたとき、ルームメイトであった米国人の同級生は、卒業後、このプログラムにより行政予算管理局でインターンとして働き、修了後は、証券取引委員会(SEC)で勤務を始めた。

 このプログラムの修了生は各方面で活躍している。例えば、パウエル元国務長官は、陸軍在籍時にホワイトハウス・フェローに応募するよう命じられた。プログラムを終了した後は、陸軍で勤務を続け、その後、国家安全保障担当大統領補佐官、統合参謀本部議長、国務長官などの要職を歴任している。

 二つ目が、予備役将校訓練課程(ROTC)だ。ROTCは、米軍が将校の育成を目的として全米の大学で運営する訓練課程である。現在は約5万3000人が受講している。修了後4年間の現役勤務とさらに4年間の予備役勤務などに合意すれば、4年分の奨学金を受けられる。

 2012年度は全米で約9000人がROTCから米軍に入隊し、新規に任官された将校の48%を占めた。ラムズフェルド元国防長官、パウエル元国務長官らもROTCを修了し、入隊した。なお、バンス副大統領は、海兵隊勤務(03~07年)、オハイオ州立大学(07~09年)、イェール大学ロースクール(10~13年)という経歴を持つが、退役軍人教育援助法(G.I.ビル)や退役軍人向けの財政支援を受けていたとされる。

米国の政治任用にはデメリットも

 政治任用の数が他国と比較して圧倒的に多い米国では、その長所・短所について議論されている。政治任用職を減らすことの他、行政府の主要な職について明示的な資格要件を設けることも主張されている。

 例えば、ハリケーン・カトリーナの後、議会は06年の国土安全保障省の歳出案において、一般的なマネジメントと危機管理の経験を持つことの実証を同省の傘下にある連邦緊急事態管理庁(FEMA)長官に義務付けている。ただし、政治任用といっても、まったく経験のない者をPASに充てることは少なく(上院の承認が難航する)、要件の定義も簡単ではない。

 行政機関の政治任用を実証的に研究したルイス氏によると、政治任用者が多い機関の能力がそうでない機関より低くなる。その理由として、マネジメント能力の中には、機関などで一定期間働いた経験によってのみ身に付く現場固有の部分があり、職業公務員の方がそれを身に付けている可能性が高いことが示唆されている(デイヴィッド・ルイス著、稲継裕昭監訳『大統領任命の政治学』68ページ参照)。

 米国の経験を踏まえると、公務部門の仕事には、現場固有の知識、実行可能性を考えた計画立案、組織としての記憶、安定性が必要であり、政治任用と職業公務員の関係、バランスには慎重な配慮が必要である。

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