安倍政権は「日本版安全保障会議(NSC)」の創設に向け6月上旬にも法案を提出するという。だが、その模範とする米国NSCの歴史は失策続き。情報分析にバイアスがかかっているからだ。
米国ではホワイト・ハウスに国家安全保障会議(National Security Council)という機構があり、対外政策、戦略の重要な事項や、緊急事態の対処を決める米国の司令塔となっている。常任のメンバーは大統領、副大統領、国務長官、国防長官の4人で、アドバイザーとして軍代表の統合参謀本部議長、中央情報局(CIA)長官、大統領補佐官らが加わる。
米国大統領は軍の最高司令官として指揮権を持つが、憲法上は宣戦布告は米国議会の決議を必要とする。ところが実際には「議会の決議を待っていては間に合わない」として、宣戦布告なしで戦争を始めることが慣行となっている。ベトナム戦争の苦い経験から1973年に「戦争権限法」が改正され、事後48時間以内に議会に報告する義務、60日以内に議会の承認を得ること――などの制約が課されたが、事後承認であるため、戦争を始めるか否かは事実上NSCで決することになる。日本でも首相は国会の事後承認で自衛隊に防衛出動を命ずることができる。
イラク戦争の大失態
この米国NSCを真似た「日本版NSC」設立の動きが急速に進み、5月9日に「有識者懇談会」は法案の要綱を了承し、政府は6月上旬にも国会に法案を提出する構えだ。「日本版NSC」は安倍首相のお気に入りの構想で、前回首相だった2006年には、賛成しそうな“お友達”を集めて「官邸機能強化会議」を作り、衆議院に法案を提出したが、安倍首相が突如辞職し、次の福田首相は「現在の安全保障会議で十分だ」と法案を撤回した。
いまある「安全保障会議」は大臣9人(首相、外相、財務省、総務相、経済産業相、国土交通相、防衛相、国家公安委員長、官房長官)で構成するが「日本版NSC」は(首相、外相、防衛相、官房長官)の4大臣が2週間に1度、統合幕僚長らを招いて会合を開くという。NSC担当の首相補佐官を置いて、内閣官房に事務局長以下約100人の職員を集め、各省庁から情報を提供させて情勢分析を行い、NSCの判断に供するという構想だ。
だが、このモデルとなった米国のNSCが模範とする程の業績を上げて来たのか、はなはだ疑問とせざるをえない。たとえば2003年3月20日に始めたイラク攻撃の前年、02年11月13日にイラクは国連安保理決議1441を受け入れて、大量破壊兵器の査察再開を認め、国際原子力機関(IAEA)と国連監視・検証・査察委員会(UNMOVIC)の専門家約230人(その大部分は1991年の湾岸戦争終了後から査察団に加わり、98年12月、米軍によるイラクに対する3日間連続爆撃で中断するまで査察に当った経験者)が、02年11月から03年3月まで米、英が疑惑を指摘したすべての地点を含め計978回もの査察を行っていた。