「上司の劣化コピー」だらけでは未来がない
――1on1は、すぐに変革の手法として取り入れられたのですか?
原田:いえ、まず会社に対して、1on1が経営に資する取り組みである、と理解してもらう必要がありました。たとえば当時、私には部下が23人いましたが、月に1回30分の1on1で12時間も時間が取られるわけです。ですから、それだけ時間を割く価値がある、ということを理解してもらう必要がありました。
そこで、最初に役員クラスの何人かに、1on1がなぜ経営に資するのか、という説明を繰り返して、そのまま1on1を体験してもらう、ということをやりました。そこから空気が変わっていきましたね。
――現場の反応はどうだったのでしょうか?
原田:役員に説明した後は、22の製作所長クラスに声がけし、1on1のデモと説明も行いました。すると、「ぜひやってみたい」という声が、ほぼすべての製作所や支社から上がってきたんです。
所長や幹部の中には、「何をすればいいかわからなかったが、1on1なら自分でも始められる」と前向きに捉えてくださる方も多かった。多分、火がついた瞬間だったと思います。
最初はコミュニケーションという切り口で入ったんですが、「コミュニケーションなんて、できてるよ」みたいな反応が多かったんです。それが、本間さんの熱い語りの中で、2つキーワードがあって、1つが「勝つ組織にするために1on1をやるんだ」ということ。
もう1つが、「上司の劣化コピー」という言葉。「今までの面談でよく見られる、上司が部下に自分の意見を伝えたり押し付けたりするやり方では、その上司の劣化コピーを増やすだけになってしまう。
製造業だから、守らなければならないルールは教えなきゃいけない。でも、そればっかりやってると、その上司を超える部下は、育たない。そういうことを続けていて、この会社に未来はあるんですか?」という問いかけがありました。
井出:実際に、何カ所かの所長に話を聞いた時に言っていたのが、品質不適切行為が発覚し、社長が急に変わって、株価が大暴落して、お客様からもいろいろ言われて。その中で「風土改革や」って号令がかかったけど、何をすればいいのか分からない。
でも、所長として何かを変えていかなきゃならないっていうプレッシャーがあった。でも、1on1だったらすぐに始められる、と。
1on1は研修に代わる選択肢
――1on1が受け入れられた理由はどんなところにあると思いますか?
原田: 各地で1on1のデモや説明を行うなかでいちばん感じたのが、みなさん部下のことで悩んでいるんですよ、「どうやったら成長させられるか」、真剣に考えているんです。なので、経営層には「勝てる組織になる」が刺さりましたが、現場の管理職に響いたのは「部下の育成」です。
育成したいけどどうすればいいかわからないし、自分も忙しい。そこで、「1on1は一つの答えだ」という理解になったと思います。
井出:それまでは「研修受けさせなきゃ」だったのが、1on1で自分と対話することでもなんとかできるよね、という選択肢が増えたということかもしれないですね。
原田:それはすごくある。1on1は具体的なツールなので、すごく取り入れやすいというか、いい武器をもらったなっていうところはあったと思います。
その後、部下向けにも研修をやってほしい、という要望がマネジャーたちからありました。1on1は部下の話を聞く、というのが原則ですから、部下への指示が減ることもあります。だから、「急に課長が教えてくれなくなった」っていう不満がたまるかもしれない。それは良くないので、部下向けの研修も少しトライしました。
「言えなかったことが言えるようになった」
――その後、印象的だった現場からの声はありますか?
原田:結果的には100人ぐらいの課長と話したのかな。そこで、大きく二極化してたんです。1on1をうまく使い込んでる人と、そうでない人がいて。違いは、1on1の目的について、メンバーと認識が合ってるかどうか。もう1つが、月に1回以上やってる人と、半年に1回みたいな人が、はっきり分かれていた。
頻度高く継続してくれた課長は、「効果が出てきた」ということを実感しているようでした。ある部長は、「今まで現場のことを2割しか見てなかった」と言ってくれました。1on1は上司のためでもある、と気付き始めてからはさらに一生懸命にやってくれている、というところがあります。
井出:私は今年の4月に異動になりました。新しい上司に1on1をやってもらっていますけど、話しやすくなりますよね。異動してきたばかりで、少し不安もあったんですが、上司からは「この時間は、井出さんにとって成長の時間で、僕にとっても成長の時間だから、ここは嫌だっていうことは言ってほしいし、こうしたいってことは言ってもらって、お互いの成長のためになることをしようね」と言ってから始まるんです。今は1週間に1回やってくれています。
かつてはなかなか言えなかったことが言えるようになったっていうのは、すごくありがたいです。課員の中でも、「ちょうど明日1on1があるから、上司の○○さんにちょっと話してみようかな」みたいな話が普通に出てくるようになりました。