欧米列強め、調子に乗りやがって――。そんな憎悪が膨らんでいくなかで、一部の人々の怒りの矛先は「役に立たない政治家」にも向けられた。

 1930年11月、「ライオン宰相」の異名をとった濱口雄幸首相は東京駅で右翼活動家の佐郷屋留雄に銃撃され、その後に死亡。続く犬飼毅首相も1932年5月、五・一五事件で銃撃され、翌日に死亡している。

 ここまで聞いていかがだろう。起きている事象は異なるが、「なぜ日本人ばかりが奪われ、損をしなくてはいけないのだ」というムードということでは、ここ数年の日本社会とかなり近しいものがあるのではないか。

 働いても働いても手取りが増えない。税金ばかりが高くて、贅沢などできないのに、ネットやSNSでは外国人が日本の制度にタダ乗りをして甘い汁を吸っているなんて情報が溢れている。     
     
 不平等な社会への憎悪を募らせる人が増えるなかで、特に被害者意識の強い者は「役に立たない政治家」を狙い始める。安倍晋三元首相は陰謀論に傾倒した「インセル」に殺され、岸田文雄元首相もパイプ爆弾で襲われ、立花孝志NHK党首もナタで殺されかけた。

 我々がこんなにも不幸で、生きていくのが辛いのは、上級国民や外国人に搾取されているからに違いない――。参政党ブームを生み出した令和日本人の「被害者意識」は、1930年代の日本人とまるっきり同じなのだ。

 では、このように「我々日本人は被害者である」という世論が盛り上がると、どういうことが起きるのかというと、「日本人としての誇りを取り戻し、既存の経済システムや西洋的価値観を否定する政治運動」が盛り上がる。

 それが2025年は「日本人ファースト」を掲げた参政党ブームであり、1930年代の場合は「日本第一主義」を掲げた日本主義運動である。

『戦前右翼思想入門:日本ファシズムの起源・系譜・実態』(中外商業新報社 大正昭和史研究会編 ※原著名『右翼思想の展望:発生・経過・動向』〈1935年〉)によれば、この時代、全国で40万人弱、東京だけでも6万7000人が「日本主義支持者」だったという。当時の人口は今の半分程度で、ネットやSNSもないことを踏まえるとかなりの組織力・伝播力である。