池谷氏プロフィール池谷 裕二
いけがや・ゆうじ/1970年静岡県生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。脳研究者。専門分野は大脳生理学。神経の可塑性を研究することで、脳の健康や老化について探求。2018年よりERATO脳AI融合プロジェクト代表として、AIチップの脳移植によって新たな知能の開拓を目指している。日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞他、受賞多数。2024年の『夢を叶えるために脳はある』で第二十三回小林秀雄賞を受賞するなど著書多数。近著に『生成AIと脳』など。

 それから10年以上が経ち、代替可能性が低いと言われた私自身の大学教員という仕事について考えてみると、職業そのものは確かになくなっていませんが、10年、15年前の仕事と現在のそれは全く違うものになっている。

 あの頃の大学教員の仕事の一部は、もはやなくなったと言っても過言ではありません。

 これはなにも教員の業務に限った話ではありません。多くの職業は、名称としては同じでも実際に行う仕事の中身が大きく変化したり、場合によってはなくなったりしています。

 ですから、過去の資料や先輩の体験談を参考にして会社に入ったり、憧れていた職業に就いたりしても、「こんなはずじゃなかった」という事態は往々にして起こりうる。

「この会社がいい」「この仕事が楽しそう」という今の情報に基づいた判断でさえ、入社する頃にはさらに仕事の中身は変わっていて意味を失うことになるのです。

 特定の会社や職業に固執せず、「仕事内容は必ず変わる」というダイナミクスを理解する。

 その前提を持っていれば、入社後に環境が変わっても柔軟に受け止められますし、前向きにキャリアを積みやすくなります。

長期的な幸せを求めるために
考えるべき2種類の快楽

――就活生にとって、長期的な視野で仕事の楽しさや充実度を考えるのはなかなか難しいことではないでしょうか。

 それを考えるヒントになる概念があります。アリストテレスの哲学では、幸せや快楽には「ヘドニック」と「ユーダイモニック」という根本的に異なる2つの種類があると解釈されています。

 ヘドニックとは陶酔的で即物的な快楽のことで、「このハンバーグが美味しい!」「この子猫、かわいい!」といった感覚的で短期的な喜びを指します。

 美味しいものを食べたい、旅行に行きたい、ゲームに没頭したいといった現世的な欲求に関係しています。こうした感覚をもたらすものは、確かに人生を豊かにする要素のひとつですが、その楽しさ、快楽の多くは一過性で持続しないものです。