不況を克服するには、正確な原因分析が不可欠だ。正確な原因分析を行うには、最新の経済学の研究成果を踏まえた有用な分析ツールが必要だ。だが、池田信夫・上武大教授とともに、『なぜ世界は不況に陥ったのか』(日経BP社)を執筆した池尾和人・慶大教授は、日本の政治家・官僚・ジャーナリストは古い経済思想に囚われていると指摘する。では、私たちは何を間違っているのか。「世界標準の経済学」とは何か。上下2回に渡って、聞いた。

池尾和人(いけお かずひと)
昭和28年1月12日京都市生まれ。京大経済学部卒。京大経済学博士。岡山大助教授、京大助教授、慶大助教授などを経て、平成7年より慶大経済学部教授。Photo by T.Fukumoto

―池田信夫氏との共著『なぜ世界は不況に陥ったのか』の本の帯にある「政治家・官僚・ジャーナリストが囚われている古い経済思想」とは何か。

 ひと言で言えば、「俗流化されたケインズ思想」だ。かつて小宮隆太郎氏が使った言葉を借りれば、「原始的ケインズ主義」だ。ケインズ経済学はもちろん深遠な思考、学問的意義を多々含んでいるが、それが日本においては「不況期には政府支出や金融緩和で需要喚起すればよい」というようにステロタイプ化された経済政策観として、定着してしまっている。

―それは、どうしてか。

 本格的なケインズ政策を実施して、失敗した経験がないからだ。日本経済は1980年代初頭まで、欧米の背中を追うキャッチアップ型であり、成長し続けた。経済社会が成熟し、長期停滞に陥って、需要喚起策が必要になるという経済構造とは無縁だったから、ケインズ政策は必要なかった。

 日本が戦後初めて、赤字公債発行を伴う財政支出に踏み出したのは1975年、福田政権のときだった。そして、1990年代の長期経済低迷の克服のために財政支出を拡大し続け、膨大な政府債務を背負うことになった。それでも、長期金利は安定している。いまだに、ケインズ政策によってひどい目にあった、という経験がわれわれにはない。

 日本人の経済に関する悲惨な記憶は、第一次オイルショック時の狂乱物価とバブル崩壊だろう。それは、ケインズ政策とは無縁の原因で起こった混乱だ。

―日本と対照的に、欧米ではケインズ経済学が過去のものと見なされているのはなぜか。

 欧米は第二次オイルショック時にスタグフレーションに見舞われ、塗炭の苦しみを味わったからだ。オイルショックによってサプライサイド(供給側)に大問題が発生したのに、総需要喚起というケインズ政策で立ち向かい、不況を克服できないままハイパーインフレーションを引き起こしてしまったのだ。だから、ケインズ政策に対して、欧米には深い懐疑がある。