病院への法人営業で頭角を現す
27歳で最年少マネジャーに抜擢
そんな中村さんが新卒で入社したのは、長野県に本社を置く介護医療関連事業の会社だった。寝間着やコップなど、入院中に必要な道具をレンタルする事業を展開する上場企業である。
この会社への入社を決めたのは、「仕事も遊びも120%頑張ろう」という社風が気に入ったからだった。というのも、中村さんは小学校から大学までサッカー漬けの半生で、プレイヤーの道こそ断念したが、現在も週末にはサッカーの1級審判員として全国を飛び回っているのだ。
そうした副業的な活動を社長が喜んでくれたことが、入社の決め手になった。これが2016年4月のこと。この会社で中村さんは、営業マンとして揉まれることになる。
「当時担当していたのは、病院を対象とする法人営業でした。しかし、1年目は右も左もわからず、ちょっと辛かったですね。自分たちのサービスについて知ってもらおうにも、門前払いが当たり前でしたから」
それでもめげずに飛び込み営業を続けることができたのは、大学を出たばかりの若輩者でありながら、1人の社会人として営業先の大人たちと向き合うことに、少なからずやり甲斐を感じていたからだ。
そしてキャリア2年目に差し掛かったある日、中村さんは作戦の変更を思い立つ。
「どうせまともに聞いてもらえないのですから、初回は仕事の話を一切せず、ただ世間話だけして帰るようにしました。うちが何の会社かも言わず、資料も渡さず、ただ『近所においしいラーメン屋ができましたね』などと話して帰るので、変な奴だなと思われたでしょうね(笑)」
そうして二度、三度と顔を出すうちに、おもむろに「うち、こんな仕事をやっているんですけど、何かお困り事はないですか」とやる。すると、そもそも中村さんが何者なのか気になり始めていた相手は、前向きに耳を傾けてくれるようになる。これが中村さんの勝ちパターンになった。
こうして営業の勘所をつかんだことで、成約数は激増。入社した時点で札幌市内に18件あった取引先は、4年後には78件にまで伸びた。社内での評価も上々で、弱冠27歳で最年少マネジャーに抜擢。中村さんは仙台支店のマネジメントを任され、札幌を離れることになる。
中村さんにはサッカーの1級審判員というもう一つの顔がある
20代半ば、地元・札幌で働いていた頃の中村さん







