親から「帰ってきてもいいんだよ」
東京での社会人生活に終止符を打つ
2007年、帝京大学の文学部心理学科に入学。大学時代を過ごしたのは東京の多摩地区で、津軽育ちの岡さんは人の多さに慣れるまで苦労したが、学業とアルバイトに明け暮れた「楽しい4年間だった」と振り返る。
やはり心理学は性に合い、将来は臨床心理士になろうと考えたこともある。しかし、大学院まで修めなければならないことがネックになり、この道は断念。卒業後は賃貸不動産会社に就職を決め、池袋に通勤する生活が始まった。
ところが、これが本人いわく「毎日が激烈に辛かった」という暗黒の日々となる。
「大きな会社だったので仕方がないのですが、自分に与えられている仕事が何の役に立っているのかがわからず、常に悩んでいました。自分に何が求められていて、上司が示すゴールがどこにあるのか、考え過ぎてキャパオーバーを起こし、最後のほうは毎朝嘔吐しながら出社していたほどです」
それでも3年は頑張ろうと気を張っていたが、傍目には明らかに様子がおかしかったのだろう。青森に帰省した際、普段は厳しい両親から、そろってこんな言葉をかけられた。
「帰ってきてもいいんだよ。一度メンタルを崩してしまうと、なかなか取り戻せないからね」
その直後、母親が病気になり、身の回りのサポートが必要になったことから、岡さんはUターンを余儀なくされる。「正直、救われた思いだった」と語る岡さんの会社員生活は、1年強で幕を閉じた。
鶴田町に戻ってからほどなく、無事に母親も快復し、岡さんは故郷・鶴田町で平穏な日々を取り戻した。
そこで就活やアルバイトに励むのではなく、ひとまずリネン作家として日銭を稼ぐことにしたのが、岡さんのユニークなところである。
「もともとリネンを使ったものづくりが得意だったので、空いた時間を生かして、ポーチやバッグ、布小物などを作り始めました。ちょうどその頃、弘前市に委託販売のショップがあるのを知って、そこに置かせてもらうことにしたんです」







