クローズアップ商社マダガスカルの首都アンタナナリボ Photo:PhotoLibrary

2026年5月1日、住友商事は長年苦戦を強いられたマダガスカルのニッケル開発事業「アンバトビー」からの完全撤退を断行した。累計損失は4000億円規模に達し、撤退に当たっては逆に資金を支払って事業を譲渡するという異例の幕引きとなった。経済安全保障の重要資源とうたわれながら、なぜ20年もの間、巨額の赤字を垂れ流すプロジェクトを止められなかったのか。連載『クローズアップ商社』の本稿で、官民一体となった「国策」故の“やめられない構造”と、資本市場を意識する経営への転換を迫られた住友商事の苦悩を、経営幹部らの証言から浮き彫りにする。(ダイヤモンド編集部 金山隆一)

政治とビジネスの交錯
資源外交の文脈で始まった「国策」の胎動

 プロジェクトの検討開始時期を振り返ると、2000年代半ばの対アフリカ政策や資源確保の機運と重なる。当時は資源ナショナリズムの高まりとともに、日本企業が上流権益の確保に本格的に踏み出した時期でもあった。

 04年には当時自民党幹事長だった安倍晋三氏がマダガスカルを訪問し、その翌年に住友商事が参画を決定している。こうした動きの近接性は、この案件が純粋な民間投資にとどまらず、資源外交や対外関係の文脈とも重なり合っていたことをうかがわせる。

 同時に、住友商事側にも資源事業を拡大したい事情があった。当時、総合商社の資源ビジネスでは三菱商事や三井物産がLNG(液化天然ガス)、鉄鉱石などで先行し、住友商事は後れを取っていた。各社があまり手掛けていないニッケルに勝機を見いだしたことが、難易度の高い案件への参入を後押しした可能性がある。

 08年、住友商事の現場責任者は日本貿易会の月報への寄稿で「自然との共生、地元社会との共存」を掲げ、官民一体での地域開発モデルを描いた。そこでは、資源確保と現地経済発展を両立させる“理想的な開発モデル”が提示されていた。

 しかし、現実の事業設計は厳しい条件を抱えていた。アンバトビーは、年産6万トンのニッケル地金と5600トンのコバルト地金を生産する世界最大級のニッケル開発プロジェクトとして構想され、その中核には低品位ニッケル鉱石を処理するHPAL(高圧硫酸浸出)法と呼ばれる高難度の技術が採用された。

 HPAL法は、低品位鉱石を活用できる一方で、操業安定化が極めて難しい技術として知られる。世界的にも成功例は限られており、設備トラブルや稼働率低下が頻発しやすい。しかもアンバトビーでは、単なる鉱山開発ではなく、製錬設備や周辺インフラまで含めた巨大一貫プロジェクトが採用された。当初は鉱石を海外で製錬する案も検討されていたが、最終的にはマダガスカル国内で採掘から製錬までを行う方式に変更された。この判断により技術的難易度に加え、インフラ未整備という立地リスクが同時に顕在化することとなった。

 鉱山と製錬プラントは約220キロ離れており、鉱石輸送はパイプラインや道路など大規模インフラに依存していた。修理部材や技術者の輸送にも時間を要し、設備トラブルが発生するたびに操業停止が長期化しやすかった。

 また、日本の非鉄金属で豊富な操業実績を持つ住友金属鉱山は、当初から経済性に慎重だったとされ、プロジェクトに協力することはなかった。結果として、技術的知見と操業経験を十分に取り込めないまま、高難度開発が進められた可能性も指摘されている。

 パートナー選びの難しさもあった。アンバトビーでは、キューバなどでニッケル事業を手掛け、HPAL技術に知見を持つカナダの資源会社シェリットが操業面を主導していた。しかし、プロジェクトは建設遅延や操業不安定が続き、追加投資負担も膨張。シェリット自身も経営不振に陥り、17年に持ち分縮小、20年には完全撤退した。

 住友商事の上野真吾社長は26年5月のアナリスト向け決算説明会で、「複雑で難易度の高いオペレーションを共に担っていたパートナーが撤退を余儀なくされた」と振り返っている。その結果、住友商事は出資比率を約54%まで引き上げ、最大スポンサーとして事業を支え続ける構図となった。

 さらに、プロジェクトを取り巻く市場環境も大きく変化した。当初はEV(電気自動車)普及に伴う高品質ニッケル需要の拡大が期待されていたが、その後、中国勢がインドネシアで巨大ニッケル開発を進めたことで市場構造は一変。ニッケル価格は住友商事が想定した水準まで上昇せず、価格競争力も厳しさを増していった。

 三菱商事や三井物産が豪BHPや英・豪リオ・ティントなど資本力・操業力を持つ資源メジャーと組むことが多いのに対し、アンバトビーでは、プロジェクト難易度に加え、パートナー側の脆弱さも重なっていた。こうした条件の下、総事業費は当初の37億ドルから70億ドル規模へ膨張した。それでも、住友商事側には「立て直し可能」との見方が残っていた。

 だが、プロジェクトは単なる技術的失敗や市況悪化だけで説明できるものではない。そこには、政府、JBIC(国際協力銀行)、さらにはODA(政府開発援助)までが一体となった「日本の資源外交」という巨大な重圧が横たわっていた。

 なぜ住友商事は、損失が膨らむ中で「実質全損」となるまで立ち止まれなかったのか。次ページでは、官民一体型プロジェクトが内包する「やめられない構造」の正体と、4000億円の代償を払って下した経営決断の裏側に迫る。