メディア興亡#18Photo by Kanon Natori

全国紙の購読が先行し、新聞販売が「群雄割拠」の様相を見せる千葉県で唯一の県紙として奮闘する千葉日報社。公式LINEアカウントの友だち数は6月2日現在で74万8000人を数え、2年連続で「LINEメディア賞」を受賞するなどデジタルで存在感を示す一方、売上高は全盛期の半分以下に落ち込んでいる。首都圏のローカルメディアは何に苦しみ、どこに希望を見いだすのか。連載『メディア興亡』の本稿で同社の中元広之社長にインタビューし、生き残りを懸けた模索の現在地に迫る。(聞き手/ダイヤモンド編集部 猪股修平)

新聞依存のビジネスモデルは限界に
売り上げは全盛期の半分、若者の活字離れ

――来年で創刊70周年の節目を迎えます。

 千葉日報社の経緯を初めにお話ししますと、1957(昭和32)年1月1日、8ページの新聞として創刊しました。2027年1月1日付で創刊70年になります。

 初代理事長が、松戸市に本社を置くドラッグストア「マツモトキヨシ」創業者の松本清氏です。戦前より発行していた千葉新聞の廃業後、県内の政財界関係者たちが「千葉の新聞は必要だろう」と声を上げてできたと聞いています。私は松本氏から数えると14代目です。

 県内唯一の県紙として地域ジャーナリズムを起点に千葉に根付き、県民に信頼され、愛され、親しまれる「地域密着の新聞」という原点を貫いてきました。これまで築き上げた当社への高い信頼と新聞の力を基軸に、今後も進めていきたいと考えています。

 それでも、業界全体の問題ですが、新聞だけのビジネスモデルではもう展望が描けていないのは大きな問題です。鉛の活版印刷から新聞製作システムCTS(コンピューター組版)に変わり、そこからワープロ、パソコン、社会を変えたIT、DX(デジタルトランスフォーメーション)から今はAIトランスフォーメーションと急速に進展しているデジタル新時代を乗り越えていかなければならないのが大きな命題です。

――ここ3年は売上高19億円台で横ばい状態が続いていますが、足元の経営状況はいかがでしょうか。

 95年ごろは売上高が50億円を超えていました。半分以下になったというのが現状ですね。バブル期は断るほどの広告出稿量があったとも聞いています。

 新聞購読の減少はもう時代の流れの中では止められないことでしょう。今、新聞を購読しない親の子どももまた新聞を読まないため、すでに「2世代にわたって新聞を読まない時代」に突入したと認識しています。

 弊社でも高齢層は一定程度の購読率はありますが、40代で下がり、30代、20代についてはほぼないと言っても過言ではないぐらい。もう若い人は新聞を取ってくれていない。そんな中でどうしていくかを考えなければいけない。「メディア興亡」の興す方について、「絶対これだ!」というものは見いだせていません。

深刻な若者の新聞離れを前に、次なる一手を見いだせずにいるという中元社長。しかし、同社は公式LINEアカウントで74万人超の友だち(登録者)を集め、ネットメディアからも高く評価されている。次ページでは、地方紙トップが抱える「デジタル化の理想と現実」、そして生き残りを懸けた具体的な生存戦略のリアルに迫る。