序章 マッキンゼーとは何者か:
ビジネス界の特殊部隊という評判(2)

 マッキンゼーのコンサルタント自身が得ているものについては、もっと単純に、金と権力、名声に加えて、実業界で知的な仕事をしているという自負だと言うことができる。

 銀行家でも会計士でも、弁護士でもない。彼らは思索家なのだ。責任を問われることなく、権力者にささやいて影響力を行使するというチャンスを得ている。マッキンゼーは、ヒューストン天然ガス会社(エンロンの前身)の盛衰の歴史を通じて、エンロンのCEOジェフリー・スキリングが最も気に入っていた外部顧問だった。スキリングが取引の責任を問われて刑務所に入った一方で、マッキンゼーはこのスキャンダルをほぼ無傷で切り抜けた。

 何よりも素晴らしいのは、マッキンゼーでの仕事が世界中のほぼどこへでも行けるチケットとなる点だ。この会社はビジネスにおける最上の花嫁学校(フィニッシング・スクール)であり、発射台であり、比類のない出発点なのだ。在籍期間がどうであれ、マッキンゼーで働くことは、素晴らしい企業、なかでもマッキンゼーのクライアントであるような企業の情報を得られる、うらやましい役割につくことを意味する。

 マッキンゼーには、オフィスや役員室を占拠している、成功を収めた”アラムナイ”(同窓生)たちのネットワークが世界中のすみずみまである。IBMを立て直したことで有名なルイス・ガースナーは、マッキンゼーで働いたあと、クライアントだったアメリカン・エキスプレスに移った。モルガン・スタンレーのCEOジェームズ・ゴーマンは、マッキンゼーで10年働いたあと、同じくクライアントだったメリルリンチに移っている。このような転職は、一週間に一回起こっている。

 もちろん、誰もが華々しいキャリアを送るわけではない。エンロンのスキリングはマッキンゼー出身だった。史上最大のインサイダー取引――2009年から2012年の捜査で有罪になったヘッジファンドのマネージャー、ラジ・ラジャラトナムの事件――で有罪になった二人は、以前はマッキンゼーで働いており、アニル・クマールは元ディレクター、ラジャット・グプタは元MD(マネージング・ディレクター)だった。

 マッキンゼーで年配のコンサルタントは、めったに見かけない。共生関係にあるHBS(ハーバード・ビジネススクール)と同様に、この組織は経験より若さを好む。マッキンゼーは、別の形をとったハーバードだ。ハーバードの卒業生にとっては、ハーバードしかない。マッキンゼーも同じなのだ。

 実際、マッキンゼーの”アラムナイ”たちのほとんどが、自分たちは特別だという感覚を一生持ちつづける。ラジャラトナムの不祥事がマッキンゼーを根底から揺るがしたのは、そのためだ。アニル・クマールがクライアントの秘密を売り、ラジャット・グプタがマッキンゼーの長年にわたる価値観をおおっぴらに壊したとしても、マッキンゼーのビジネスにあまり影響はなかった。自己イメージが傷ついたことのほうが、ずっと深刻だったのだ。

次回の掲載は明日10月1日です。引き続き、9月20日刊行のダフ・マクドナルド著『マッキンゼー――世界の経済・政治・軍事を動かす巨大コンサルティング・ファームの秘密』の序章を公開していきます。次回が最終回です。


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