医師処方の男性型脱毛症(AGA)治療薬の「フィナステリド」。男性ホルモンを、毛根を弱らせるジヒドロテストテロンへと変換する酵素の働きを阻害する薬だ。薄毛予防ばかりか前立腺がんの発症予防効果もあるらしい。この8月、英医学誌「NEJM」に延べ18年間にわたる対象の追跡調査の報告が載った。

 追跡対象者はおよそ1万9000人。55歳以上で前立腺がんの有無を調べる直腸診が正常かつPSA(前立腺がん特異抗原)の値が3.0ng/ミリリットル以下の男性が参加した。プラセボ群は偽薬を、実薬群の9423人はフィナステリド5mg/日を服用した。

 試験期間中、被験者は年に1回の直腸指診とPSA検査を受けた。7年目の検査時点でPSAが4.0ng/ミリリットル(基準値)以上、または直腸指診で異常が認められた場合は組織検査を行った。その結果、前立腺がんの発症率はフィナステリド群で10.5%、プラセボ群は14.9%とフィナステリドを飲んでいたグループでは、発症率が明らかに低かったのである。

 特に、悪性度が低いタイプの前立腺がんの発症率が低く、43%の予防効果が認められている。しかし、進行スピードが速い高悪性度前立腺がんに限れば、逆にフィナステリド群での発症数が多いことも判明した。研究者は「フィナステリドは前立腺がんの発症を約3分の1抑制したが、これは低悪性度病変の発症予防効果によるもの」としている。また、両群の死亡率の差は認められなかった。

 実は2003年の中間報告でも、フィナステリド投与で前立腺がんリスクは24.8%低下するが、高悪性度病変のリスクは26.9%上昇することが報告されている。今回も同じ傾向が確認されたわけだ。

 前立腺がんは悪性度で進行スピードが異なる。大人しい低悪性度がんなら、他病で亡くなった後に初めて気がつく「天寿がん」も多い。この試験結果では、むしろ高悪性度がんの発症率に注目すべきだろう。ちなみに、薄毛治療の際の投与量は1mg/日が上限である。それ以上飲んでも副作用リスクが増えるだけだ。自己判断で服用量を変えないようお願いしたい。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)

週刊ダイヤモンド