「忘れてはいけない。われわれのコンパスに2本の針はない。針は1本だけである」。ECBは7月3日に0.25%の利上げを決定した。その直後の記者会見で、景気下振れリスクがありながらなぜ利上げを選択したのか問われたトリシェ総裁は、そう答えた。
ECBのコンパスには、「物価安定にとってのリスクを示す針しかない」とトリシェ総裁は語った。「今回の利上げが中期的な物価安定に貢献すると信じている。もしわれわれのコンパスにその針がなかったら、そして代わりに他の針があったら、自然な帰結として、おそらくインフレ予想をくくりつけていた錨ははずれ、市場の中長期金利は上昇するだろう。それゆえ、われわれの使命(物価安定)と持続的な成長、雇用の増加とのあいだに矛盾があるとは見ていない」。
この日の会見では、利上げ判断に疑問を投げかける質問がほかにも多く出ていた。トリシェ総裁は、非金融部門への貸出残高の伸び率が5月は4月よりも若干下がったとはいえ、14.2%と依然として高水準だと指摘していた。
「現在の経済状況はスタグフレーションではないか?」という問いに対しては、「世界経済は成長している。多くのコモディティの価格上昇圧力の一部分は、この世界経済の成長から生じている。グローバルレベルではインフレは起きているが、スタグフレーションではない」と答えていた。
ECBの利上げ方針に対して、政治家のあいだで不満が高まっていることに関する質問も何度か出ていた。トリシェ総裁はこう答えている。「ECB理事会の21人のメンバーは、彼らのベストの分析と良心に従って決断している。彼らは3億2000万人の市民と向かい合っているという責任を理解している。彼らはまた(ECBの独立性を認めている)、欧州条約はわれわれの27の民主主義国家すべてによって決められたことを知っている。欧州市民に物価安定への信頼を提供する水準は、われわれが完全に独立しているという事実によって確保されているという点は非常に重要である」。
第一次産品の価格上昇が他に波及しないように、欧州市民のインフレ予想の上昇を今のうちに阻止することの重要性を強調するが、一方で、「われわれにバイアスはない」と何度も話していた。
成長鈍化が明確になっている国もユーロ圏には多く、連続利上げが予定できる状態ではないのだろう。2000年8月の日本銀行「ゼロ金利解除」時の空気と似ているという声も聞かれるが、ECBは今回の利上げの効果をしばらく慎重に見守ると思われる。
(東短リサーチ取締役 加藤出)