明治以来、はじめて文科省・経産省を同時に動かした

 貴重な原料(希少元素)の入手が困難になるかもしれない──という産業界の危機を「元素戦略」で切り抜けるというアイデアは、まず文部科学省を動かした。といっても、最初から文部科学省とスムーズに話が進んだわけではなかった。はじめて私が文部科学省に説明に行ったときには、「元素戦略? 希少元素の重要性? それ何ですか?」とキョトンとされてしまった。2004年(箱根会議)というと、まだ中国によるレアメタル問題の輸出規制も始まっておらず、希少元素に対する危機感もなかった。

 私の所属するJST内の研究開発戦略センター(CRDS)という部署は「研究者と行政の真ん中に立つような機能」をめざしていたこともあって、夜討ち朝駆けも辞さないほど精力的に動き、しつこく官庁に対して「元素戦略」の必要性について宣伝してまわった。

 私たちの2004年以来の努力が効を奏したのか、あるいは中国が「希少元素の輸出規制」に乗り出したことが直接の動機付けとなったのかは不明だが、文部科学省と経済産業省が同時に元素戦略の関連プロジェクトに予算を付けた。2007年には文部科学省が「元素戦略プロジェクト」に7件、経済産業省が「希少金属代替材料開発プロジェクト」の5件について、テーマと研究者を一気に採択し、その年度以降も継続して新規のテーマ、研究が採択されていった。

 「複数の省庁が同じ目的・テーマを達成するために、しかも同時に動き、予算を付けあう」という事態は、明治以来、この日本ではあり得ないことであった。二重投資になるからである。なぜ、「元素戦略」でそれが可能になったのか。それは「基礎研究に近い部分」は文部科学省が担当し、「産業・企業に近い応用部分」は経済産業省が担当する、という絶妙な役割分担を行なって財務省を説得したからだ。しかし、その大もとはといえば、箱根会議での科学者の提言から発したことなのである。

 まだこの2007年当時、アメリカもEUも「元素戦略」の重要性には気づいていなかったため、日本が独り、海図なき航海に乗り出すこととなった。アメリカ、EUの船団が後を追ってくるのは、もう少し後のことである。

 


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