以上のことから推察されるのは、こういうことだ。共同で出荷されていた宮城のカキはこれまで味よりも量が第一に優先されていたのではないか。しかし、東日本大震災によって、生産者が減ったことで、その品質は向上した。結果、僕らはおいしいカキが食べられるようになったのである。

 もちろん、その味があの残酷な現実のお陰、とは軽はずみにも言えないけれど。

すべてのカキの元になる
「種カキ」の出荷量は宮城が1位

 宮城県のカキが生産過剰だったことは複数の関係者の口から聞くことができた。それでも、震災前から養殖家たちはなんとかしようと努力を続けてきていたようだ。

 世界的にも知られる宮城県のカキ養殖家、畠山重篤氏は『森は海の恋人運動』で有名だ。氏は赤潮の発生でカキ養殖が被害を受けたことを受け、河川と森に注目し、1989年に植樹運動を開始した。広葉樹の落ち葉が土になった腐葉土のなかに含まれるフルボ酸鉄が、海中プランクトンの育成を促進することから、健全な海には森が必要である、と説いた。

 そういった話をメディアなどを通じてよく聞いていたので、なんとなく『栄養の豊富な海がおいしいカキをつくるんだろうなぁ』と思っていたのだが、養殖家をまわるとどうやらそう簡単なことではないようだ。

若き三代目、阿部晃也さん。情熱あふれる養殖家である。後ろに並んでいるのが収穫されたカキ。清浄海水につけて殺菌している段階だ

「ここの海はね。栄養が良すぎるんですよ」

 東松島にある奥松島水産の三代目の阿部晃也さんが言う。30歳の若手だ。

「栄養がいいとすぐに育っちゃって、味がよくならない。厳しく育てないといけないっちゃ」

 どうやらカキの養殖では抑制と呼ばれるカキをあまり大きくしないように育てる期間が一番重要らしい。栄養素の少ない海域に持っていったり、海からとりだして日光に当てたり、スパルタ式でカキを鍛える(?)期間だ。養殖家によって様々なやり方がある。

 北海道のカキがおいしいのは水温が低く、プランクトンが少ないため(針葉樹の影響もあるだろう)生育が遅いからなのだ。低い水温は旨味を増やし、ゆっくりとした生育は密な筋繊維を育てる。多様な環境のなかで、質の高いカキを安定的に生産するにはノウハウが必要だ。なるほど、カキの味をつくるのは海のお陰だけではない。人の腕なのだ。