少子化の一方で大学が増えれば、大学はその分集客に力を入れなければならなくなるのは当然だ。そのなかで、受験生にとって「わかりづらいデータ」の提示を余儀なくされるケースも出て来るのだろう。

 もちろん、全ての大学がそうではないだろうが、受験生はこうした現状に対して注意が必要だろうし、そうした背景があるとすれば、奨学金返済苦の学生を全て「自己責任」と断じるのも酷だ。

「教育機関である大学が発信する情報を信用できないと、高校生は考えるでしょうか。大学は公共機関ですから、高校生に向けて発信された大学の情報が信用できない社会で、公共心を持った人材が育つとは思えません」(山本氏)

 取材中、奨学金の問題について社会人から意見を聞く中で、「将来の自分が奨学金を返せるかどうかを予測できない若者は甘いのではないか」という声も耳にした。確かにそうなのかもしれない。

 だが、全ての高校生が、大学卒業後の自分の職業や年収、生活状況を想定できるか、4年後の日本の経済状況を予測できるのか。また、卒業と同時に数百万円の「借金」を背負ってそれを毎月返していくことが、精神的にどれほどの負担になるかを想像できるだろうか。

 奨学金を大学生全体の半数が借りるという状況があるならば、少なくとも「お金」に関する教育を義務教育や高校段階でもさらにきちんと行うべきだろうし、奨学金返済苦に陥る学生がいるならば、そのリスクは知らされるべきだ。

 たとえば、「日本学生支援機構が奨学金返還率などのデータを、男女別や入試形態別に分けて大学・学部ごとに公表することも、1つの策かもしれません」と山本氏は言う。特定の大学や学部を批判に晒すことになるかもしれず、判断は難しいだろうが、入学時に奨学金を借りる側からしてみれば、「自分が将来、奨学金を返していけるのかどうか」を自分で考える目安となる。

大学時代に「遊んでいた」大人が
奨学金延滞者を笑うという筋違い

 また、取材中に山本氏が口にしたこんな言葉が気になった。

「全国に800校近くある大学のうち、学力上位校はほんのひと握り。学力下位校は、高校卒業段階で就職先が見つからない高校生、言い換えれば『18歳の失業者』の受け皿になっているという見方もできます。

 資源のない日本で人材を『人財』にしていくために大学進学率が上がるのは良いことだと思うし、そうでなければ今後グローバル化する社会で日本が現在の生活レベルを維持していくことは難しいかもしれない。一方で就職できないから“仕方なく”借金をして大学に行き、大学卒業人材に相応しい力をつけられないまま卒業し、結局雇用からあぶれてローンを返済できない状況に陥る若者は悲劇です。このような状況が続くならば、大学進学以外の選択肢をつくることも国は検討しなくてはいけません」