安藤 アドラー心理学はそういったかたちで日常に役立ちますし、ヨーロッパでは自己啓発の源流としてメジャーな存在だということも『嫌われる勇気』のなかで紹介されていましたね。でも、日本の社会では、フロイトとユングと並び称されるほどには、根付いていないように感じます。

岸見 日本ではアドラー心理学が受け入れられにくいようです。トラウマの話にも関係しますけど、すべてのことが最終的に自分に降り掛かってくる厳しさが関係していると思います。過去の体験に生きづらさの原因を求めるほうが楽ですし、カウンセリングでも「あなたのせいではなかったんですよ」「こういう風に育てられてきたからですよ」と言ったほうがウケはいいでしょう。でもアドラー心理学はそうは言わない。

安藤 アドラー心理学の考え方はたしかに厳しいですが、前向きなものだと、私は思います。

岸見 そのとおりです。過去にあったことを現在のあり方の原因にしてしまうと、決定論になってしまい、現状を変えることはできないことになってしまいます。これは非常にうしろ向きな考え方でしょう。

安藤 どんなに考えても過去は変わらないですからね。

岸見 アドラーは、「他人のスープにつばを吐く」というあまり美しくない比喩を使っていました。

安藤 スープにつばですか……。どういう意味ですか?

岸見 相手のつばが自分の皿に飛び込んだのを見てしまったら、そのスープを飲むことができなくなってしまいますよね。それと同じで、一度聞いてしまったら元に戻れないのがアドラー心理学なんだという意味です。もう嘘や言い訳が言えなくなる。この厳しさが日本で受け入れられにくい原因なのかもしれません。

中編に続く


【編集部からのお知らせ】

岸見一郎/古賀史健著『嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え

【内容紹介】

【安藤美冬×岸見一郎 対談】(前編)<br />一度知ったら引き返せない「嫌われる勇気」の魔力定価(本体1500円+税)、46判並製、296ページ、ISBN:978-4-478-02581-9

 世界的にはフロイト、ユングと並ぶ心理学界の三大巨匠とされながら、日本国内では無名に近い存在のアルフレッド・アドラー。

「トラウマ」の存在を否定したうえで、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、対人関係を改善していくための具体的な方策を提示していくアドラー心理学は、現代の日本にこそ必要な思想だと思われます。

 本書では平易かつドラマチックにアドラーの教えを伝えるため、哲学者と青年の対話篇形式によってその思想を解き明かしていきます。

【本書の主な目次】
第1夜 トラウマを否定せよ
第2夜 すべての悩みは対人関係
第3夜 他者の課題を切り捨てる
第4夜 世界の中心はどこにあるか

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