音楽の素晴らしさは、理屈ではありません。一切の予備知識がなくても、聴けば心と身体が、自然に反応します。「ミーズ・ザ・リズム・セクション」もそうです。

 冒頭の“ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ”は有名なスタンダード曲です(1932年にコール・ポーターが作曲したもので、ヘレン・メリル盤(写真)が一世を風靡)。

 まず、ピアノ、ドラム、ベースの3つの楽器が織り成す4小節の導入部は、聴く者を一気に引き込みます。その正体がスウィング感です。早すぎず遅すぎず、心臓の鼓動にシンクロしています。人間の本来もつ自然で軽快なテンポです。 

 そして、主役アート・ペッパーのアルトサックスが主旋律を奏でます。耳をすませば、一音一音に微妙なヴィブラートがかかり、強弱のアクセントがあります。艶のある中音、張りのある高音、濁りのない低音…。曲が進行すると、主旋律が徐々に解体され自由に発展します。ペッパーが最も得意とする即興です。即興こそジャズの真髄。アート・ペッパーの即興は、あくまで自然で、歌心に溢れているのです。決してメカニカルに響かず、超絶技巧をこれ見よがしに披露したりしません。実際はとてつもなく難しいことをしているのに。

 そこがアート・ペッパーの天才たる所以です。そんな彼が奏でるアルトサックスは、どこか人間が語っているように感じます。

 1981年11月29日のインタヴューでアート・ペッパーは、「演奏の時に私は、それまでの人生でいろいろと体験してきた喜びや悲しみを、ホーンを通じて、真剣にコミュニケートしようと心掛けているのです」と語っています。

 “いろいろと体験してきた喜びや悲しみ”とはいかなるものなのでしょうか?

ペッパーの半生、まさに壮絶なり!

 1925年9月1日、カリフォルニア州ガーデナに生まれたアート・ペッパー。

 自伝「ストレート・ライブ」は、ペッパーの祖母のことから始まり、両親の出会い、自身の誕生が淡々と綴られています。母は15歳の時に父と出会い妊娠。堕胎を希望した母の願いは適わず、流産すべく無謀なことを繰り返した後、ペッパーが生まれます。健康そのものだったといいます。結局、両親は離婚し、父方の祖母に引き取られたペッパーの最大の悲しみは、自分は誰からも愛されていない、という疎外感でした。