これらの問題点が考慮され、ニクソン政権下の1973年、公共住宅の新規供給は停止された。代わって1974年に開始されたのが、「セクション8」と呼ばれる低所得層向け家賃補助制度である。低所得層は、家賃の補助を受けて、住みたい場所・住みたい物件を選択できるようになったのだ。
(参考:http://www1.ttcn.ne.jp/fujiyan/manhattan/lower_east/memo_tenement_main.htm

 筆者がハーレムで見た大規模公営住宅「Grant Houses」が、警察によって常時警戒されていることの背景には、このような歴史がある。

「レッテル貼り」「囲い込み」の弊害は?

 日本では、生活保護当事者に対して、

「専用の居住施設を作り、強制的にそこに居住させるべきだ」

 という意見がしばしば見られる。また、その意見はしばしば、

「生活保護にまでなってしまったのだから、『プライバシーが欲しい』といったゼイタクを言わせるな」
 「みんな生活保護、差別のない環境で暮らせるようにするという配慮」
 「その生活保護専用居住施設で、自立支援プログラムも提供して」

 といった意見とセットになっている。筆者は、そのような意見に対して、

「資産がなく収入が低い人々に対して、経済的に苦しいことに加えて、差別・お門違いの配慮・余計なお世話をしなくてはならない理由は何なんだろう?」

 と首を傾げてしまう。もちろん、それらの意見の背景に、そういう発言をする人々の、

「安心して差別を行い、さらに何か『良いこと』をしている感覚を味わいたい」

 という感情があるのは理解できる。その人々が辛く厳しい状況にあり、何らかの「はけ口」を求めているのであろうということも推察できる。でも、生活保護制度や当事者にかかわる問題は、「安全で正当化される『はけ口』が欲しい」という人々の感情によって左右されるべきではない。

 生活保護当事者専用の居住施設を作った場合、容易に予想されるのは、

「その住所がそういう施設であることが短い期間で知られ、そこに居住する人々の就職活動や結婚などに支障をきたす」

 という成り行きだ。日本は、1872年(明治5年)に作成された「壬申戸籍」に掲載されている被差別部落情報を求める人々が、未だに数多く存在する国である。その国で、生活保護当事者の居住施設の住所だけが差別の対象とならない可能性は考えられるだろうか?